騎士団の落とし物係 ~窓際部署の転生騎士は、今日も密かに無双する~【書籍続刊決定!】

鈴木竜一

Case1「魔女の森」

第1話 剣を持たない騎士

 思えば、俺の人生は苦労の連続だった。


「適当に就職して平穏に生きたい」――子どもの頃から抱いていたささやかな願い。

 しかしこの世界で「平穏に生きる」というのがいかに難しいか、あの頃はまったく理解していなかった。


 就活が始まった時、そこで俺は初めて気づいたのだ。

 自分は何も持っていないことを。


 夢も。

 希望も。

 未来図も。


 ただただ漫然と時間を過ごし、気がつけば大人になっていた。

 そんなヤツを雇おうとする企業なんて、いつでも人材不足の真っ黒な企業だけ。


 労基に真っ向からケンカを売っていくような職場環境であっても、俺と似た境遇の人間ばかりが集められ、サービス残業&休日出勤の日々。おまけに薄給ときている。


 完全に仕事を忘れて休めた時なんて、本当に数えるくらいしかないんじゃないか?


 ともかく、そんな劣悪な環境で心身をすり減らしていた俺は――死んだ。

 ある日突然、何の前触れもなく交通事故であっさりと死んだ。


 薄れゆく意識の中で、俺は来世への希望を思い浮かべた。


 安定した職業に就きたい。


 倒産の恐怖に怯えず。

 嫌な上司もいない。

 そしてそれなりに給料をもらえる。

 

 ――ここまでの記憶を思い出したのは、冒険者デビューをするためギルドへ向かう途中だった。


 そこで石に躓き、ド派手に転倒して頭を強打。

 その衝撃で前世の記憶がよみがえったらしい。


 混同する記憶をなんとか整理して、現状把握に努める。


 今の名前はレイジ・スプリングリバー。

 前世の名前とほぼ一緒だが、人物像に関してはだいぶ違う。


 天涯孤独の身だった俺は王都の宿屋に住み込みで働いていたが、そこが潰れてしまったために次の職場を探すも見つからず、知識も経験もないがとりあえず誰でもなれる冒険者になって生活費を稼ごうとしていたんだ。


 なんてこった。

 生まれ変わっても仕事に悩まされているなんて。


 おまけに危険と隣り合わせな上によほどの実力者でなければ安定して収入を得られない冒険者を目指す……これでは前世とまるっきり同じ展開じゃないか。


 まだまだやり直せる。

 俺の生きる道はここじゃない。


 目の前にあるギルドに背を向けて歩き出すと、向かった先は騎士団の詰め所。


 ――そう。


 この世界では騎士として生きようと決め、入団試験の案内をもらいに来たのだ。

 騎士団とはつまり公務員。


 業績が景気に左右されることもないし、滅多なことじゃクビにならない。

 おまけに給料も安定している。


 だが、冒険者に匹敵するほど命の危険があるのではないか――これについてもちゃんと考えている。


 うまくいけば、他者とあまりかかわりを持たずに定年まで勤めあげることができるかもしれない。


 もうこれに賭けるしかないな。


 要項によると、試験を受けられるのは十八歳からなのであと三年の猶予があった。

 それまでになんとか住み込みの仕事先を見つけ、鍛錬と勉強に励むとしよう。



  ◇◇◇



 あれから三年が経った。


 思いのほか剣術の素質はあったようで、鍛錬がてら近くの農村に出向いては雑魚モンスター狩りをし、見返りに農作物をもらうという用心棒みたいな生活をしていた。


 おかげで普通に働くよりも自由な時間が増えたし、何より人とのつながりができて嬉しかった。


 そうして迎えた最初の入団試験。

 実技も筆記も十分な手応えを得ることができ、見事に合格通知をゲット。


 晴れて公務員――じゃなくて騎士になれた。


 思ったよりも筆記は簡単だったし、農村を守るために戦ったモンスターと比べたら他の入団希望者はパワーもスピードも劣るため倒しやすかった。


 とはいえ、あまり好成績だと変に期待されて仕事量の多い部署に回されそうなのでどちらも少し加減をしておいた。


 あくまでも目指すは前線に出ない事務仕事。

 中でも俺には希望の部署があった。


 リンドレー王国騎士団遺失物管理課。

 

 それは即ち――《落とし物係》。


 たとえば、「馬車にハンカチを忘れてきた」とか、「遠征先の戦場で読みかけの小説を落とした」とか、戦闘とは関係ない、「あると便利だなぁ」という程度の理由でつくられた部署だ。


 あとは、モンスターの討伐任務などがあった際、たとえば緊急離脱を余儀なくされて現場に武器や防具などを置きっぱなしにしなければならなくなったケースが発生すると、しばらくしてから現場を訪れ、放置されたままの武器や防具の回収作業も行う。


 言ってみればたまにやってくる出張みたいなもの。

 のんびり仕事をしつつ、異世界のいろんな場所を見て回れる機会もあるってわけだ。


 そんな、誰にでもできそうな役割だから、遺失物管理所に配属されるのは引退間近の老兵だったり、素行不良の者だったり、実戦訓練において成績のふるわなかった者だったり……いわゆる役立たずの集団。


落ちこぼれがひしめく吹き溜まりというのがもっぱらの噂であった。


 遺失物管理所への異動を命じられた者は、少なくとも数ヶ月のうちに自主退団を申し出ると言われているいわば窓際部署。


 そのため、ここへ配属された者は《剣を持たない騎士》と揶揄されるという。


 まあ、騎士団に入ったのに最初からそんな雑用を希望するヤツなんて希有だろうな。


 上としてもできれば戦力になる若者が欲しいのだろうが、ちょうど欠員も出て補充しなければならないと思っていたらしく、入団試験で目立ったところのない俺はすんなりと配属が決定したのだった。


 

  ◇◇◇


 ――入団から数年後。


 騎士団の朝は早い。

 寮生活をしている俺にとって始業時間までは自由気ままといかない――が、規則正しい生活ができる上に食堂も完備されているので健康面を考慮すると実にありがたかった。


 飯代は給料から引かれているとはいえ格安なのも嬉しい。


 支度を終えると若い騎士たちは遠征や王都警備のため出勤。

 一方、俺は彼らとは逆方向へと進む。


 赤いレンガ造りの騎士団詰め所に入ってまず訪れるのが受付だ。

 ここで今日一日の仕事内容を確認する。


「おはよう」

「あっ、おはようございます、レイジさん」


 元気よく挨拶を返してくれたのは後輩騎士のサンドラ・キャリーズだった。

 彼女はひとつ年下なのだが、俺と同じように自ら希望してこの受付業務に就いたという。

 いわゆる内勤ってヤツだ。


「今日は何か仕事入ってる?」

「はい。先ほど五番隊のアレックス隊長が訪ねてきまして、ロデウス高原近くの森に出現したオークの群れの討伐任務の際、重傷者の手当てを優先したため馬車を四台その場へ置いたままにしてきてしまったそうです。詳しい場所についてはこちらの地図に書き込んでおきました」

「ありがとう。助かるよ」

「気をつけてくださいね。あの辺りは最近野盗が出るという話もありますので」

「分かった。じゃあ、行ってくるよ」


 サンドラにそう告げた後、俺は詰め所を出て、同じ敷地内にある別の建物に移動。


 立派な詰め所とは比べ物にならないくらいボロくて小さな建物――それが俺の職場である遺失物管理所だ。


 中へ入ると、熱心に新聞の記事へ目を通す初老の男性がいた。


 上司であり、ここの責任者でもあるシモンズ課長だ。


「課長、少し出てきます」

「おーう」


 出勤早々に外回りへ出ると告げると、なんとも気の抜けた返事がきた。

 定年間際の課長は事なかれ主義でヤル気なし。

 数年前に怪我で右腕があまり動かなくなってしまい、騎士としての道を断たれたが、退職金をもらう前に辞めてなるものかとここへ異動したという。


 俺に近いタイプの人で、過剰な干渉も理不尽な要求もしてこない。

 同じくヤル気のない部下としてはこれ以上ない理想の上司だ。


 とりあえず報告も済ませたし、さっさと仕事へ取りかかろうと準備を始めるのだった。



  ◇◇◇



「さて、こんな物かな」


 地図にあった森に到着後、情報の通りの場所に放置された四台の馬車を発見。

 中には剣が六本と防具が四つ、それと薬草などの治癒系アイテムが十点ほど残されていた。


 どれもまだまだ再利用できる。

 経費節約のためにも、使える物はどんどん使っていかなくちゃな。


「野盗に奪われる前でよかっ――」

「おう、待ちな」


 任務完了で帰還できると思いきや、そうは問屋が卸さないらしい。

 いるんだよなぁ、こういう連中。


 ヤツらは騎士団が緊急離脱した後で置いていった武器や防具をネコババして売りつける火事場泥棒みたいな稼業に手を染めているのだ。


 俺の仕事はそういった連中よりも先に現場へ乗り込み、アイテムを回収しなければならないのだが、稀にこうして鉢合わせてしまうこともある。


「そいつは俺たちが先に目をつけていた獲物だ。紋無しは集めた物を置いてとっとと失せな」


 髭面でもっとも体格が良いリーダー格の男が、バカデカい剣の切っ先をこちらへ向けながら告げる。


 一応、騎士団の制服に身を包んでいるんだけど……武器を持っていないと思われているのかまったく動じる様子がない。


 あとは「紋無し」ってところかな。

 

 前線に出て戦う花形の騎士たちがまとう制服には、騎士団の紋章が描かれている。

 それがない騎士はいわば事務方の非戦闘要員。

 

 騎士団という組織を運営していく上では欠かせない存在ではあるものの、時にこうして軽くみられることもある。


「聞こえなかったか? それともおまえひとりで俺たち七人と戦うか?」

「七人? ――あんたひとりの間違いだろう?」

「あっ?」


 俺の言葉が引っかかったのか、リーダー格の男は振り返り……驚愕に顔をゆがめる。


「なっ!?」


 男が引き連れていた仲間は全員白目をむいてその場に倒れている。


「ど、どうなってやがる!?」

「理由を知る必要はない。――じきにあんたも仲間のあとを追うことになる」

「ちぃっ!」


 ヤケクソ気味に剣を振るう男。

 だが、怒りに任せた荒っぽい動きは実に読みやすい。


 ササッと避けてから他の連中を倒したのと同じ方法で男から意識を奪う。


「ぐはっ……」


 あの巨体だと、一撃で沈めるのは難しかったようで、ヤツはなんとか耐えていた。


「バ、バカな……剣なんて持っていないはずなのに……なぜ俺の剣が届かない……」

「剣を持っていない? 見えていなかっただけだよ」


 ちょっとだけネタバレをした途端、男は何かに気づいたのかハッと目を丸くした   ――直後に意識が途絶え、その場に倒れる。


「やれやれ、余計な仕事を増やしてくれちゃって……ここの領地に常駐している騎士へ連絡をして身柄を引き取ってもらわないと」


 馬車にあったアイテムの中にちょうどロープがあったので、男たちを木に縛りつけてから立ち去った。


 これにて本日の業務は完了。


 少し寄り道をしてから帰還するとしますか。






※このあと10時、12時、15時、18時、21時と更新予定!

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