ループでつかむ、明日へのホープ

キダ・マコト

前編:幾度となく繰り返す日常

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 いや、『夢』という表現は不正確かもしれない。

 なぜなら僕は、全く同じ一日を八度繰り返しているのだから。


「なんでこんな事態になったんだっけ……」


 時間の牢獄から脱出する糸口が見つかるかもと思い、僕から見た〝過去〟に思いを馳せることにした。


∞ ∞ ∞ ∞ ∞


 目覚まし時計のアラーム音が耳をつんざく。

 手探りで止め、アナログ時計の針を見ると9時過ぎ。


「う──ウソだろっ。ヤバっ!」


 心臓が跳ね上がる。

 仕事に遅刻だ。すでに銀行の営業時間。

 新入社員の分際で寝坊とか、シャレにならない。指導役の先輩に絶対怒られるよ。

 急いでスーツに袖を通しながら、「職場に遅刻の連絡しなければ」とスマホを開く。


「って……え?」


 その瞬間、強烈な違和感が脳をよぎった。


 日付が昨日のままだ。


「スマホの、不具合?」


 半信半疑でテレビをつける。

 昨日見たはずのバラエティ番組が、全く同じ展開で放送されていた。


「デジャヴ……?」


 まあ、録画放送という可能性も捨てきれない。

 でも、いまいち確信がなかった。


「そうか、祝日だったな。平日じゃなくてセーフか……」


 安堵しつつ、スーツから私服に着替える。

 気分を落ち着けるためにも、休日のルーティンをこなすことにした。

 数日分の食料買い出しのため、外出の準備をする。


 大型スーパーに向かう途中、商店街が視界に入った。

 そのとき、ふとした光景がよみがえる。

 主婦らしき女性が商店街を通り抜けようとして、法被をまとった店員がけたたましくハンドベルを鳴らすのだ。


「おめでとうございます! 本日100人目のお客様です。記念品をどうぞ!」


 彼女は紙袋を手渡されていた。


「中身、なんだったんだろう?」


 独りごちた瞬間、ふと頭に浮かぶ。


 もし僕が先に通りかかってたら……


 ものは試しだ。

 主婦が記念品を受け取る前に、僕が歩み出る。

 すると、法被姿の店員がにこやかに声をかけてきた。


「おめでとうございます! 本日100人目のお客様です。記念品をどうぞ!」

「マジか……」


 思わず発声してしまったものの、僕は差し出された紙袋を受け取る。


「……ラッキーで片づけちゃって、いいの?」


 戸惑いつつも、悪い気はしない。

 昨日の記憶を頼りに動いたら、意図的に結果を変えられた。ならば、他のことにも応用できたり……?


 そんな雑念が頭をかすめる。

 しかし残念ながら、これ以上のお得情報に心当たりがなかった。


「とりあえず荷物もあるし、今日は帰るか……」


 スーパーには立ち寄らず帰宅して、紙袋の中身を確認する。

 なんと最新のゲーム機本体だった。ただ、肝心のソフトがないため、うれしさ半減。

 昼飯と兼ねた夕食を取ってシャワーを浴び、テレビをつける。興味のそそられる番組はやってない。


「ゲームソフトは、ゆっくり選べばいいや」


 僕は大あくびする。

 朝からいろいろあって疲れた。

 競馬番組を途中で消し、ベッドに入る。そのまま眠ることにした。


∞ ∞ ∞ ∞ ∞


 ──目が覚めると、またもや9時過ぎだ。


 スマホを見ると、日付は昨日のまま。


「おいおい……またかよ」


 2回目のループ現象を今度こそ、僕は認めざるを得なかった。

 同じ朝を迎えるのは、これで三度目。

 もはや驚きはしない。


「……そういうことね」


 僕はループしている。

 信じたくないけれど、現実として受け入れるしかない。

 ならば、この異常事態を利用して何かできないか。


 ベッドに寝転びながら、昨夜のことを思い出す。

 競馬番組をザッピングしたとき、1着になった馬の名前を見たような気がする。


『ギャンブルで増やせるんじゃないか?』


 僕の中の悪魔がささやく。


「レース結果を知ってるなら、馬券を買えば確実に儲かるじゃん!」


 自分の才能に目覚めたような気分になり、すぐにスマホで競馬場への道順を調べた。


 電車に揺られ、最寄り駅に降り立つと、競馬場の周辺には多くの人がいた。祝日だからだろう。

 彼らは大なり小なり、鼻息が荒い。恐らく、僕みたいに一攫千金を狙っているのだ。


 売り場へ並び、レースで1着になるはずの馬の単勝馬券を購入。

 緊張しながら開始の合図を待つ。


 しかし──


「そんなバカな!」


 結果は2着。

 大ハズレ。


「なんで!? 番組で1位だったのに!」


 納得いかず、何度も電光掲示板を見直す。

 けれど結果は変わらない。


 落胆しつつも、自問する。

 僕の記憶違いだろうか?

 それとも……


「ループはしてるけど、未来が完全に固定されてるわけじゃない?」


 もちろん、誰も答えてくれない。


 仮説を立証するためにも、別の方法を模索すべきだ。

 次の手を探りながら帰路につく。

 そこで目にしたのは、駅構内の電子掲示板に映るJリーグの試合結果だった。


「……待てよ」


 サッカーの試合結果なら、複数の情報源があるはず。夜のニュースやインターネット。

 見比べてフェイクニュースか検証し、真実を頭に叩き込む。


「これなら……いけるか?」


 僕は次のループに向け、新たな作戦を立案したのだった。

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