1月5日

〇 〇 〇


 雪に覆われた原っぱ。

 男の子に抱えられた私。そして下ろされた。

 男の子と向かい合う。彼は俯いていた。

 男の子が言った。


「ここでお別れだよ」


 その言葉が理解できなかった。


「じゃあね」


 後ろへ振り返り、男の子が歩き出す。

 私は急いで追いかけた。

 早足で歩く男の子。私も全力で追いかける。

 そんな私を、男の子は振り返らずに、駆け出した。

 全力で走っても彼には追いつけない。男の子との距離がどんどんと開いていく。

 私は走りながら鳴いていた。

 それでも男の子は振り返らずに走り、やがては見えなくなった。

 私は鳴き続けていた。



〇 〇 〇


 目が覚めた。辺りはすでに明るい。

 頭が痛い。

 もう長い時間、いろいろと考えていた。結局寝入ったのが何時なのかも分からない。気づけば朝になっていた。

 思い至ったことがある。

 白は普通の人間ではないのかもしれない。もしかしたら彼女がここを離れる理由も、そこにあるのかもしれない。

 でもそれは俺の思い違いなのかもしれない。ただの勘違いかもしれない。

 いろいろな思いが頭に漂う。

 でも、長いこと考えて、たどり着いた答えがあった。

 俺は結局、白の事が好きなままだという事だった。

 もうそれでいいと思った。それが全てだと思った。

 もう、そのことについて何も考えない。自分の胸に秘めようと決めた。

 起き上がりベッドを抜ける。

 着替えをして、下へと降りた。


 リビングへと降りると、白が、椅子に座る母さんの肩を揉むのが見えた。

 その光景を見て、心が和んだ。

 それはまるで家族のような在りようで。母と娘のようで。母を気遣う、ひとりの女の子がいた。

 何もおかしなところはない、平凡な日常が、そこにはあった。

 

 ――ほら、やはり白は普通の、優しい女の子だ。


 俺に気づいた白がこちらを向く。


「おはようございます、和志さん」


 柔らかな笑みを浮かべる白。


「おはよう」


 俺はそれに優しく答えた。


 こんな時間がずっと続けばいいのに。そう願わずにはいられなかった。



〇 〇 〇


「やっと気づいたんだね」


 俺は白の事について夢月に聞いていた。


「やっぱりお前も知っていたのか」

「当然。私は視えるからね」


 もしやと思ったが、やはり夢月も白の正体については見当ついていたみたいだ。

 まぁ、出会った当初、白の事を「獣臭い」って言っていたしな……。


「それで、どうするの?」

「どうするって?」

「分かっている? 白は人間じゃない。このまま付き合うなんて出来ない。それにタイムリミットもある」

「それは……」


 そう。俺はそれを夢月に聞きたかったんだ。


「どうにかならないのか? お前、こういう事とか詳しいだろう?」


 そんな問いに、夢月は険しい顔で首を横に振った。


「どうにもならない」

「でも――」

「もう二度も奇跡は起こらない。木も枯れた。もう、誰にもどうすることも出来ない」


 夢月にはっきり言われてしまった。

 しかし、俺はもう何かに縋るしかないんだ。


「どうにか、どうにかならないのか?」


 頼み込んでも、夢月は首を横に振りばかり。

 俺はその場に膝をついた。


「どうしようもない事なんだよ……」


 夢月のその言葉が、重くのしかかる。


「……出来れば、二人には最後には笑っていてほしい」


 そう言って夢月は立ち去った。



〇 〇 〇


 夕方。部屋の前で白に呼び止められた。

 向かい合う俺と白。白は暗い表情を浮かべていた。

 白が口を開く。


「和志さん……もうお付き合いは止めにしましょう」


 彼女の告げるその言葉に、俺は息を飲んだ。


「ど、どうして……」


 暗い表情のまま、白が言葉を続ける。


「もう明日でお別れになります。このままお付き合いすることなんてできません。別れが辛くなります。あなたに負担をかけてしまいます」


 白が俺を気遣っての提案だった。

 でも俺は、そんな選択を飲めなかった。


「そんなの駄目だよ、白」

「でも……」

「俺は君の事が好きだよ、白。でもそんな事で付き合うのをやめるなんて出来ないよ」

「でも、でも……もう私たち二度と会えなくなるんですよ。あなたに辛い想いをさせたくはありません。あなたに引きずってほしくはありません」


 お互いとも譲らない。譲れない。

 俺が白の事を想うのと同時に、白も俺の事を想っての事だった。

 俺達の未来は絶望的だった。

 でも俺は一縷の希望を見出すために、なんとしても足掻く。足掻くしかなかった。


「何とかならないのか? もし離れ離れになるなら連絡が取れるようにするとか、何とかして会いに行くとか――」

「もう、何ともならないんですよ、和志さん」


 駄々をこねる子供を諭すような口調の白。


「そもそも私があなたに告白したのが間違いだったのです。それさえなかったらこうはなりませんでした」


 そして、聞きたくない言葉を吐く。


「私が、あなたを好きにならなければ……あなたと出会わなければ……」


 そう吐く白の声は震え、目に涙を溜めていた。

 そんな白を見たくない。それ以上は言わせてはいけない。

 だから俺は……――。


「――白。そんなことを言わないでくれ」


 白がそれをしなくても、逆に俺が好きになっていただろう。俺の方から告白をしていただろう。結局はこうなる運命にあったのだ。


 そして俺は決断をした。苦渋の決断を。


「明日、君が離れる時に、俺達の関係も終わりにしよう」


 俺の言葉に、白は目を合わせた。


「だから明日は、それまで一緒にいよう。最後なんだし、楽しい思い出を作ろう。そして笑ってお別れしよう」

「……はい」


 涙を浮かべながら微笑む白に、俺は自然と抱き着いた。

 白が俺の胸に顔を埋める。


「和志さんから匂いがします」

「俺、変な匂いしていないかな?」

「いえ、甘く香ばしい、草原に咲く、草花の匂いです」

「なんだ、それ」

「私の好きな匂いです」


 日が暮れるまで、夕飯の準備が出来た母さんに呼び出されるまで、俺達はそうしていた。

 お互いを想いながら。明日の到来を不安に思いながら。


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