【完結】無感情な悪役令嬢がスパダリ王子の一途な愛に気づくまで〜前世は飼い主であった令嬢と、愛犬だった王子の絆が愛へと変わる物語〜

第4話 断罪されたその後にこの展開って……

　国王が立ち上がり、華やかな会場に似つかわしくない婚約破棄と悪意があふれる場内は一転して空気が張り詰めた。

　ほんの僅かな時間が長く感じる。これから起こることに、人々は黙って見守っている。

　国王は無表情なまま王太子であるフォルクハルトに視線を向けると、おもむろに口を開く。

「フォルクハルト・ファーレンホルストとマイラ・カレンベルクの婚約破棄を認める」

　国王の宣言で場内はワアッと歓声が上がる。

　フォルクハルトは勝ち誇った笑みを浮かべ、エルネスティーネと顔を見合わせ、抱き合った後にマイラへ侮蔑の眼差しを投げた。

　ざまぁみろ！

　悪女め！

　国外追放だ！

　牢屋に閉じ込めろ！

　身分を剥奪して平民にしてしまえ！

　不穏な言葉が飛び交う。

　フレーデリックに身を預けたまま、マイラは震えている。

　怖いからではない。

（何故？　マイラちゃんに辛辣な言葉をぶつけるの？　あなた方にマイラちゃんが何をしたというの？　こんな悪意を向けられて、マイラちゃんは毎日一人で耐えていたの？　いない者扱いより辛かったよね……）

　茉依はマイラを思い遣る。本来、人から悪意を向けられる子ではない。

　マイラの記憶には厳しい妃教育を耐え、疲れ果ててもおくびに出さない強さを秘め、控えめで穏やかな令嬢だった。

　国王が咳払いをすると、野次が収まり静けさが戻る。

「フォルクハルトよ、そなたには失望した。妃教育を真面目に受けていたマイラの人となりを、儂は良く知っておる。そなたを支えるために学ばなくてもよい分野まで学んでいたというのに。そなたは……」

　淡々と話す国王の言葉が途切れた。

　人々は国王へ目を向けると、目を瞠る者や息を呑む者など、それぞれの反応を示している。

　国王は握りこぶしを震わせ、怒気を顔に表していた。

「ち……父上？」

　フォルクハルトも国王の豹変に息を呑む。

「フォルクハルト、そなたに国は任せられぬ。廃太子とする。王子の身分に戻るがいい」

　廃太子を申し渡されたフォルクハルトの顔色は、遠くからでもわかるほど血の気が引き、真っ青になっていた。

「エルネスティーネ・メッゲンドルファー！！　お前は魅了魔法を使用した罪で魔力封印を施したうえ、封印牢で一生を過ごしてもらおう」

　エルネスティーネは眉を吊り上げ口を歪ませてフォルクハルトの服を握りしめている。

「ち、父上。お言葉ですが、エルネスティーネは聖女の如く慈悲深い令嬢です。魅了魔法などと偽りを申したのは……マイラ、お前だろ！！」

　青ざめた顔を赤く染め、声を荒げて糾弾する。

　どのように捉えたら、マイラのせいだと思えるのだろう。

（婚約者だった人の頭はどんな構造になっているの！？）

　感情が乏しいマイラが呆気にとられ、開いた口が塞がらない。

　国王は残念そうにため息を吐くと、首を左右に振り顔に手を当てる。

「フレーデリック、この場で魅了魔法を解くがいい」

　国王に命じられたフレーデリックは、マイラの肩を離し小声で呪文らしきものを唱えながら右手を上げ、パチンと指を鳴らした。

　場内にいる魅了魔法にかかった人々に静電気らしきものが走り、パチッという小さな音と弾ける振動を感じて我に返る。

　わたくし、なぜマイラ様を悪女だなんて思っていたのかしら？

　俺はマイラ嬢を憎んでいる気分だった。

　いったい――――

　場内がざわめき、自分の身に起こったことに狼狽える。マイラに謝罪しようと人々が動きかけて、国王がそれを制する。

　戸惑いと困惑が入り交じり、落ち着かない雰囲気の中、いつの間にかエルネスティーネは騎士に捕らえられていた。

　騎士に拘束された姿を目の当たりにした人々は何事だとエルネスティーネから目が離せなくなる。

「ちょっと、痛いわ。離しなさいよ！　わたくしを誰だと思っているの？　わたくしはフォルクハルト様の婚約者なのよ？　未来の王妃なんだから」

　騎士から逃れようと必死にもがくが、女性の力では騎士に敵わない。

　大人しくしろとばかりに騎士はエルネスティーネを絞め上げる。

「痛い！　フォルクハルト様ぁ〜、助けてください」

　甘ったるい声音で助けを求めている。

　国王がエルネスティーネに視線を向け、怒りをあらわにした。

「お前は罪を認めるべきだ！　魅了魔法を使い、人々の心をもて遊び、貴族から金品を貢がせた」

「知らないわよ。相手が勝手に渡してきたのよ！」

　エルネスティーネのふてぶてしい物言いに、国王も声を荒げた。

「黙れ！！　マイラに非があるように印象づけるしたたかさ、あまつさえ王太子を籠絡し、国を我が物にしようとした。許しがたい行為だ。連れて行け！」

　場内の人々は魅了魔法で操られていたと知り、エルネスティーネに怒りを向ける。

　怒号が飛び交い、パーティーどころではなくなった。

「うるさいわね。離してよ。フォルクハルト様ぁ〜」

　エルネスティーネだけは変わらず甘ったるい口調でフォルクハルトに助けを求めている。

　騎士は力任せにエルネスティーネを引きずり、奥へと消えていった。

　フォルクハルトは青ざめながら、狐につままれた表情をしている。自分の身に何が起きたのか、理解しかねている様子だ。

　侍従に促され、フォルクハルトも姿を消す。

　会場は荒れに荒れ、エルネスティーネに怒りを向ける者やカレンベルク侯爵夫妻に謝罪をしたりと、混迷を極めた。

　マイラもこの顛末についてこられずに、放心している。

「さぁ、僕たちも退散しよう」

　フレーデリックはマイラに蕩けそうな笑みを見せたが、マイラは気づいていない。

　肩を寄せられた男性に手をつながれ、引きずられるように連れ出され会場を後にした。

「へぇ？　あっ、ちょっと、あなたは誰？」

　マイラの問いかけに気づく様子もなく、フレーデリックは上機嫌で馬車へと向かう。

　マイラを馬車に乗せ、自らも乗り込み馬車は動き出す。

（ええぇ……いつ馬車に乗ったの？　会場で何が起こったの？　目の前にいる男性は誰？　私はどこに連れて行かれるのぉ！？）

　何故、見知らぬ男性と馬車に乗っているのか。婚約破棄はどうなったのか。国王が沙汰を下したらしいが、内容がわからない。

　わからないことばかりで頭が痛い。

（もう、何も考えたくない……）

　感情が乏しく面白味のない人生を歩んできた。

　この世界で目覚めた途端からジェットコースター並の時間を過ごし、疲労困憊で項垂れる。

　そんなマイラをよそに、フレーデリックは晴れ晴れとした顔で、車窓から変わりゆく景色を眺めていた。