シーズナル・ラブ

ぼん・さーらⅡ世

その愛、季節限定につき。

 今年もまたこの季節だ。


 まだ冬も去らぬニ月下旬。その中でも少し寒さが和らいだ今日、一番列車に乗って彼女がやってくる。



 「やっほ、優斗。久しぶり」



 改札を抜けてこちらに向かってくる彼女は、去年よりも少し髪が伸びて大人びて見えた。深緑のシュッとした長丈のコートと茶色のロングブーツはこの田舎で着るにはいささか洗練されすぎているが、東京ではきっとそれが普通なのだろう。


 「相変わらず突然来るんだから」

 「仕方ないでしょ、私だって色々と都合があるんだから。それよりも久しぶりに会えたんだから他にもっと言うことがあるでしょ?」


 彼女はわざとらしくマフラーに口元を隠しながらこちらを伺う。


 「そうだな。会いたかったよ、花菜」

 「うん、私も。ずっとずっと会いたかった!」

 


 ――杉野花菜すぎのかな


 彼女は昔から俺のことが好きでたまらない。

 それは決して自惚れているわけではなく、彼女自身が俺に対してそう公言しているのだ。


 最初は『優斗くんってかっこいいよね』なんて可愛いもんだったが、年齢を重ねるにつれて彼女の愛情表現はどんどんと重みを増していった。


 『ねぇ、私ずっと優斗くんのこと好きなんだけど』

 『はいはい、いつものやつな』

 『流さないでよ! 本気なんだからちゃんと認めてよ』


 俺はずっと彼女の愛から目を背けていたが、高校三年の時、卒業間近になってついに俺が折れる形でその想いを受け止めた。今になれば何でもっと早くから理解してあげなかったんだろうとも思うが、思春期の男子特有のよくわからないプライドがそれを邪魔していたのだろう。


 しかし彼女は高校卒業と同時に東京の大学へと進学してしまった。

 せっかく互いの想いが通じ合ったところで、実家の材木屋を継ぐためにこの町に残った俺とは物理的に離れてしまうことになった。


 普段仕事があるから遠出することもできず、俺たちは一年に一度彼女が帰ってくるこの時期にしか会えない。



 「ねぇ、優斗?」

 「ん、どうした?」

 「あのね……早く部屋に行きたいなって」

 「そうだよな、寒いよな」

 「もちろんそれもあるけど……早く優斗とくっつきたい」


 花菜の提案に乗っかった俺は、実家の近くに借りてる一人暮らし用のワンルームへと足を急がせる。駅から徒歩10分の距離さえも長く感じるほどに期待感が胸を叩き、そして部屋についた俺たちはすぐさま一年分の寂しさを吐き出すかのようにお互いを激しく求め合った。


 俺の粘膜という粘膜が花菜で満たされていき、まるで熱にうなされているかのような感覚に襲われる。

 

 「優斗って昔からここ、弱いよね」


 花菜の甘い囁きに胸はさらにざわつき、ふと近づいた彼女のフローラルな香りが鼻腔を刺激する。


 もう何が何だかわからないほどに頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されていく。


 そしてついに俺の中から情けなく溢れたその液体を見て彼女は俺に「可愛い」と微笑みかける。



 花菜が戻ってきて以降、そんな日々が続いていく。

 もはや四六時中、頭の中は花菜のことで満たされてぼーっとしてしまう。


 仕事が終わればすぐに部屋に帰っては花菜との時間を過ごし、ベッド脇のゴミ箱が埋まる早さにその密度を実感させられる。


 もうすっかり花菜に心も体も支配されてしまっていることに俺は、不安を覚えることも忘れてどこまでも堕ちていく。


 俺の人生は花菜無しでは考えられなくなっていた。



 しかし季節が巡ればまた彼女は東京へと戻っていってしまう。



 「じゃあね、優斗。また来年」

 「気をつけて帰れよ?」

 「ありがと。次会うまで私のこと忘れちゃダメだからね?」

 「当たり前だろ」

 「大好き。愛してる」



 彼女を乗せた列車が静かに線路の上を滑り出す。

 俺は一人立ち尽くしたホームで彼女とのことを思い出す。


 そこにはもう涙も鼻水もなかった。

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