天下無双の悪がきトリオと呼ばれたおれたちは
野森ちえこ
ひとり欠けても
「祝福のダンストリイイイィイイイ!!」
妖精王の祝福。なんていうと非常に縁起がよさそうである。
しかしどうがんばっても、鳥らしきまるっこい生きものが転げまわっているようにしか見えない。そして妖精王というのも自称である。まあ、祝福の気持ちはありがたく受けとりたいと思うけども。
「なんかすいません。どうしても踊るんだってきかなくて」
「いえいえ。その節はトリさんにもお世話になりましたし。私はうれしいですよ」
にこにことそう返したのはわが妻となった
社長令嬢に気に入られ告白されるも、おれにはすでに
という、この令和の時代に冗談のような理由で退職してから約一年。思いのほかスムーズに転職できたということもあり、二月には新居のマンションで真琴と一緒に暮らしはじめ、先週三月三日のひなまつりに無事、婚姻届を提出することができた。
挙式はまだ半年ほど先の予定だが、おれたちの交際がなにかとひな人形に振りまわされてきたことから、婚姻届をだすのは三月三日にしようと二人できめていたのである。
真琴が『お世話になった』というのは、そのひな人形にまつわる騒動を解決できたことをさしている。
持つべきものは
もとをただせば、真琴の祖母のたわいない『願いごと』が発端で、それを少々ななめ方向からひな人形が叶えようとしていただけだったという真相があきらかになったのは、トリがひな人形の話を通訳してくれたおかげなので文句はない。というか感謝している。
というわけで今日は『ひなまつりになんのイベントも起こらず、無事に婚姻届を提出できた』記念のお祝いなのである。
これまで急病イベント、別離イベント、失職イベントに見舞われてきただけに、ひなまつり期間(節分のあとから約一か月)をおえるまではやはりどこかで警戒していたのだと思う。子どものころから悩まされてきたという真琴はなおさらだ。
だから事情を知っている、というか解決に導いてくれた清明とトリを招いてささやかなパーティーをしたいと真琴がいいだしたときは諸手をあげて賛成した。
ただほんとうはここにもうひとり。
あいつにもいてほしかった。
✫
おれには親友と呼べる人間が二人いる。
祓魔師の血筋で不思議な力を持っている清明と、町の布団屋の次男に生まれながら和菓子職人となった
二人とのつきあいは、小学一年生のときからのものだった。
三人でほんとうにたくさん遊んだし、いたずらもしたし、悪さもした。
おかげで『天下無双の悪がきトリオ』なんて、ほめられてるのか貶されてるのかよくわからない呼び名をつけられたりもして。
ともにすごした時間は、もしかしたら家族とすごした時間より長いかもしれない。
大人になって、それぞれの道を歩きはじめてからも縁が切れることはなくて、きっとこのままヨボヨボのじいさんになってもたまに三人で集まってはバカ話をしてるのだろうと、そんな未来を疑ったことすらなかった。
しかしもうこの世では、おれたちが三人で集まることはできない。
歩は一年まえ、無謀運転に巻きこまれ命を落とした。
おれは亡くなる前日に歩と会っている。それは偶然ではない。清明から連絡をもらったからだ。
『今朝、あの夢を見た。歩が出てきた。だいたい夢を見てから二〜四日で連れていかれる。オレは今日、会いにいってくる』
メッセージにならべられた最低限の言葉が、かえって清明の動揺をあらわしているようだった。
清明には、見知った人間が命を落とすときに見る夢があるのだという。いわゆる予知夢といわれるやつだ。
おれと歩がそれを知ったのは中学生になってからだった。清明が一週間近く学校を休んだことがきっかけとなった。
その夢に出てきた人間は、数日以内に必ず事故や事件にによって命を断ち切られてしまう。いくらたすけようとしてもダメなのだという。一度ふせいでも、たたみかけるように二度目三度目がくる。人間の力ではふせぎようがないのだと、おれたちが見舞いに押しかけたさい、憔悴しきった清明からうちあけられたのだ。
『絶対にキヨをひとりにはしない』
あの日、おれと歩はそう誓った。
おれも歩も霊感とか超能力とかそういうものとはまったく縁がなかったけれど、清明が信用できるやつであることは確かで、その信用できる友だちを支えることに理由なんていらなかった。
そのかたわれが、いなくなってしまった。
もともと面倒みがよくてアニキ肌だった歩は、奥さんと生まれたばかりの娘さん、自分の両親と兄弟、奥さんの両親、そして清明とおれと。ひとりひとりにビデオメッセージを残していった。
最期の最期まで、人のためにこころを砕くような、ほんとうにできすぎた男だった。
披露宴では歩に和菓子ケーキをつくってほしかったなと思う。
あのときはまだ結婚準備にもはいってなかったし、もちろん本人にもそんなことは伝えていないのだけれど。
『俺がつくることはできないけど、俺のレシピは残ってるから。もしこの先、なにか俺の和菓子がほしい場面があったら店に相談してみてくれ。きっと役に立つと思うから。真琴さんとしあわせにな! 大切にしろよ』
おれに残されたメッセージを見たとき、思わず『エスパーか!』と画面にツッコんでしまった。
それから真琴とも相談のうえ、ウエディングケーキを和菓子でつくってもらえないかと店に電話をしてみると、歩の妻である
とにもかくにも、どんなデザインのケーキにするか現在打ちあわせをかさねているところだ。
「外を見るトリイイイィイイイ!!」
あいかわらずジタバタ転げまわっているトリの声にふと我に返る。
「え、なにあれ! すごっ」
真琴が思わずといったように立ちあがってベランダの窓に駆け寄った。
窓の向こう。青い空に……あれはムクドリの群れだろうか。すごい数だ。本能的な恐怖が背すじをはいあがってくる。
あまりの数に真琴も窓をあけるのをためらっていた。が、見ていると、その群れがなにやら模様を描きだした。
星、ハート、四葉のクローバー、蝶々、花、羽、リボン……鳥たちが空に描くのはすべて、しあわせの象徴とされるアイテムだった。
真琴はぽかんと口をひらいたまま、窓にはりつくようにしてその圧倒的な光景を見ている。
「もしかしておまえ、ほんとうに妖精王なの?」
どうやら清明も妖精王の名乗りを信じていなかったらしい。
「最初っからそういってるトリイィイイイ!! これで最後トリイイィイイイイ!!」
巨大なハートの輪郭のなかに男の子と女の子のシルエット、そのあいだにちいさなハートマークが浮かんでいる。
「すげえ……」
数秒静止したのちいっきに輪郭を崩し、やがて波打つようにムクドリの群れは空の向こうに消えていった。
「トリさんすごいね! びっくりしちゃった。ありがとう!!」
振り返った真琴は目を輝かせている。こういう素直なところ、ほんとかわいい。
「よろこんでもらえたならよかったトリ。疲れたトリィィ……」
トリはソファーによじのぼると、清明にひっつくようにしてぽてんと転がった。こちらはこちらでちょっとかわいいかもしれない。
清明がちいさく笑ってその頭をなでている。
もしかしたらこういう光景を『しあわせ』というのかもしれない。
なあ歩。
おれと清明は、この先どんどんおまえの年を越えていくことになるんだよな。
まさかこんなに早くおまえが逝っちまうなんて思いもしなかった。
まだ、どこかで信じられずにいるんだ。
おまえがもうこの世にいないだなんて。
この世で会うことはもう二度と叶わないだなんて。
それでもきっと、おまえがいない現実をおれたちは少しずつ受けいれていくんだろうなと思う。それもなんかさびしいけれど。おれたちは生きているから。これからも生きていこうと思っているから。
天下無双の悪がきトリオと呼ばれたおれたちは大人になって、ひとりはもうこの世にもいないけれど、おれたちはやっぱり、ずっと『トリオ』なんだと思う。それだけはきっと変わらない。
そしてそう思える友だちを持てた自分を、少しだけ誇らしく思う。
ちなみに、とつじょあらわれたムクドリの群れが見せたパフォーマンスは、その夜からしばらくのあいだネットニュースをにぎわせることになった。早春の怪奇現象だなんて、ホラー的にとりあげるところもあったりして。
鳥の大群て本能的な恐怖を呼びさますからなーと思いつつも、人の結婚祝いに対して失礼だなと腹を立ててみたり。
なんにせよ、一生忘れられない婚姻パーティーとなったことだけは間違いなかった。
(了)
天下無双の悪がきトリオと呼ばれたおれたちは 野森ちえこ @nono_chie
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