第4話 作者なのに、急展開に追いつけないんだけど……


 あー、緊張する。


 わたしは今、謁見の間に戻ろうとしていた。作者のわたしが助言した方が、早くエンディングを迎えるからね。


 でも、扉をひらけない。大君に集まっていたクラスメイト達の声はしないから、各自この世界を楽しんでくれていると思う。


 わたしがためらっているのは、これからクラスカースト上位の人達と話さないといけないから。中位の人とならまだ話せるけど、頂点の人達は次元が違う。みんな、容姿がずば抜けて良い。


「花ちゃん、大丈夫?」


 推しボイスの心配声いただきました!

 って、違う。大君の声はもちろん好きだけど、それ以外も好きなんだ。それを伝えるために、動かないといけない。


 それに、容姿の良さなら大君の方が上だ。今はまた前髪を下ろしてるけど。


「よし。行くね」」

「うん。頑張って」


 大君には、わたしがこの世界の作者だって伝えた。驚いてはいなかったけど、もしかして大君も読んでくれているのかな? もしそうだとしたらちょっと恥ずかしい。


 前髪を下ろしているときは、今までの大君だ。前髪を上げたら少しSになるって、なんだそのご褒美は。

 って、違う。わたしは何度脱線するんだ。


「ふぅ――――――――」


 長めの深呼吸をして、扉を開けた。感じていた通り、クラスメイト達はいない。竹塚君もどこかに行ったみたいだ。

 隣にいてくれる大君といっしょに、王様と五人の所へ行く。ドン・オーニがどこにいるのか。根城を潰そうと話し合っている。


 もう一度深呼吸をした。


「ドン・オーニは、鬼ヶ島にいます」


 発言すると、五人と王様が一斉にわたしを見た。思わずヒュッと行きを呑む。そんなわたしの背中を、大君が擦ってくれた。


「小林さん? どういうこと?」

「こ、この世界の原作を知っています」

「原作ありの転移ものなんだね! おれもけっこう読んでいるけど、このお話は知らなかったな。なんてタイトル?」

「えっと、『王子を支える庶民ですが、何か?』と言って、略称は『王民』です」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう。元の世界に戻ったら検索してみるよ」

「隼人が読むならあたしも読むわ!」

「楓が読むならボクも」

「三吉さんが読むなら、オレも」

「いつこのような事態に巻き込まれるかわからない。私も予習しておこう」


 わわっ。一気に五人も読者さんが増える。最後まで読んでもらえると良いな。


 物語の登場人物でしかない王様は、すでにモブと化している。


 わたしは、五人に攻略方法を伝えた。レベルアップできるマカロンがある場所、取得すると戦いが楽になるスキル、バフ効果が付与される武器や防具の隠し場所などなど。

 一ノ宮君に「すごく読みこんでいるんだね」ときらきらとした目で見られ、双葉さんに睨まれたときはヒヤッとした。

 でも、五人ともドン・オーニと戦うための準備を始めていく。




 わたしは作者だけど、『王民』の中ではただの庶民だ。戦いに参加はできないし、他にすることもない。


 他に、することがほしかった。でも、設定通り、ではある。『王民』は、わたしと大君との仲が進展するように考えた妄想物語だから。

 でも。

 連日のように大君と二人だけで過ごすのは、かなり心臓に悪い。水を得た魚のように、大君が生き生きとしている。まるで、元々大君もわたしのことを好きだったかのように。


 二人きりのときは少しSになる大君から逃げるように窓際へ行った。


 竹塚君?


 窓の外に、どこかへ歩いていく竹塚君を見つけた。太陽が昇る位置から考えると、北東の方角かな?


「はーな。何見てるの」


 後ろから抱きしめられる。頭に当たる大君の息を少しくすぐったいと思いつつ、竹塚君を発見したと伝えた。


 ふうーん? とつまらなそうに言う大君は、わたしの頭に顔をうずめる。ここ連日で、大君のスキンシップにもだいぶ慣れた。


「ねぇ、大君。大君はさ、竹塚君が、こう……臭いって思ったことある?」

「花。ぼくと二人きりなのに、あいつの話なんてしないで」

「ちょっ、頭に息を吹きかけないでっ。わたしは、真剣に聞いているの!」

「えー……あいつは花を狙っていて気に食わないけど、ニオイは気にしたことなかったかな。気づいていたら、それを理由にして徹底的に花から遠ざけるし」

「はいはい。ありがとう」

「花。いつになったらぼくの気持ちに答えてくれるの」

「元の世界に戻ったらね。わたしも、大君に伝えたいことがあるから」

「えー、何だろう。楽しみ♪」


 大君が、ギューッと抱きしめてくる。この幸せが、ずっと続けばいいのに。

 そう、思っていると。

 ドンッと大きな音がした。それはまるで、何か大きなものがお城にぶつかったかのような。


「うっ……」


 ぶわっと、吐き気を催すような異臭がした。


「花? どうしたの」


 口元を押さえて体を丸くしたわたしの背中を、大君が擦ってくれる。


 吐き気がなくなってきた頃、城内が騒がしくなってきた。それと同時に、ズシン、ズシンと、重量がありそうな足音がする。


「まさか、そんなことは有り得ない!」


 窓から身を乗り出すように確認する。大君がとっさに支えてくれていなかったら、そのまま下に落ちていたかもしれない。


 でも、落下したかもしれない恐怖はなかった。

 目の前に現れた、巨大な鬼ドン・オーニへの畏怖が勝っていたから。

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