SCENE3:ただ在るための場所の名を

遠い歴史の負の記憶

 地球産アンティークコロニーは、嘗ては大小合わせて数百基存在した。広大な宇宙に国境という概念はなく、土地を奪い合うこともなかった。代わりに有限な宇宙資源を奪い合い、それはやがて戦争へと発展した。

 特に惑星グラティアの発見と新エネルギー開発に伴う戦争は、技術力の差もあって地球歴の大戦を大きく上回る規模になり、人類史上最悪の大戦とも言われる黒歴史を生み出す結果となった。

 ソムニアも戦火に巻き込まれ、戦艦ヴァージルを初めとする戦艦部隊が広大な星の海へと出撃し、コロニーの所属が異なるというだけの、同じ地球から星海に移住した者同士で殺し合った。後に『百年戦争』と呼ばれる泥沼の大戦は人類史に深い爪痕を残し、現在も負の歴史として学習院などで語り継がれている。

 もう二度と、資源を求めて資源を削り合うという愚かな行いに至らないように。


「――――そして、百年戦争の際ソムニアを無傷で守り切ったのが、白薔薇姫擁する護衛艦ベアトリーチェだ。これも初等科中学年で習うことだな」


 ディルク班長の突然の授業を、ユーリは仕事を教わるときと同じ顔で聞いていた。

 一日の仕事を終えて食堂に向かったとき、食事を待つ時間潰しにと始まった授業はユーリの興味を強く引いた。百年戦争についてはユーリも学習院時代に習っていて、当時の状況を再現したCGアニメーションを視聴したこともある。恐らく子供向けにある程度の表現緩和がされているであろうアニメでさえ、その激しさが伝わってくる凄まじい戦争だった。

 外壁が割れ、外へと吸い出されていく乗組員。酸素製造ラインが破壊されて徐々に呼吸が出来なくなっていくのに、直せるエンジニアがおらず窒息死するしかなかった人たち。開戦時偶然コロニー間を移動していたために家族のいるコロニーに帰れず、暫くしてモニターに映し出された無機質な文字で家族の死を知った人。早々に資源が枯渇したために食料の生産がままならなくなり、戦火ではなく飢餓で死んだ人々。

 人の数だけ悲劇があり、コロニーの数だけ悪夢があった、地獄のような百年。


「確かソムニアが資源採取と奪取に積極的じゃなかったのって、当時も数少なかった完全環境循環型コロニーだったからですよね?」

「そうだな。この技術はソムニアともう一つ、キヴォトスっていう主に北米の人らが作ったコロニーに使用されてる。図らずもどっちも方舟の名前を持ってるな」


 ソムニアの正式名称は、アルカ・デ・ソムニア。ラテン語で夢の方舟を意味する。キヴォトスはギリシャ語で此方はシンプルに方舟を意味する単語である。

 古い神話になぞらえて、壊れゆく地球を離れる際に様々な生命を積み込むならと、千年前の人たちが名付けた星海の方舟だ。


「でも、現存する完全環境循環型コロニーはソムニアだけって……」

「その通りだ」


 キヴォトス崩壊の知らせは、百年戦争を越えて暫くしてから各コロニーに届いた。原因不明。生存者不明。救援に向かったコロニーの船団も謎の失踪を遂げ、いつしかキヴォトスは『幽霊船』と呼ばれるようになっていた。

 当時は、守る者がいなくなったキヴォトスから環境循環の技術を盗もうとした者もいた。宇宙海賊や戦争難民がスクラップを回収しようと向かったこともあった。だがそれらのいずれも成功したという話は流れてこない。

 何故キヴォトスに侵入したものが悉く帰らないのか。遠くから観察してわかるのはデブリが多いことと、コロニー自体の損傷が激しいことだけ。

 通信可能圏内に入ると危険であるという認識だけは広まっており、お陰でいまではキヴォトスは遠巻きに眺めることしか出来ない未知の超大型廃墟だ。


「キヴォトスになにかあるのは間違いない。欲を掻いた海賊や食い詰めた戦争難民が深追いするのはわかるが、調査目的で飛んだプロの探査部隊が音信不通の末帰らないなんて明らかにおかしいだろ」

「そうですよね……ヤバいと思ったときには引き返せなくなるようななにかが其処にあるんでしょうか」

「さあな。ただ、外郭が崩れてるところがあるんで、そういう意味での危険は確実にあるだろうな」

「そっ……それは、普通に怖いですね」


 ユーリはまだ小型輸送艇の整備しかしていない。しかし経験を積んだ先輩たちは、工作艦や小型工作艇を操作して外郭の整備をすることもある。

 コロニーの外郭とは即ち、生命の砦。外郭が破れれば人も物も酸素もなにもかもが外に吸い出され、宇宙のチリと化してしまう。命が刈り取られるのは一瞬だろうが、その一瞬にどれほどの恐怖を味わう羽目になるかは想像に難くない。

 キヴォトスになにがあったかはわからないにせよ、もし外郭が破れたときに意識があって、現場が目の前だったりしたら。考えただけで腹の底が冷える心地だった。


「歴史の座学を受けていると、ソムニアに生まれたこと自体が幸運だと思えるような出来事ばかりです」

「どのコロニーも完璧ではないけど、まあ、比較的恵まれてる部類ではあるな」


 優しく頭上に乗せられた大きな手のひらの意味を一瞬図りかねたユーリだったが、ディルクの表情を見て気付いた。

 完璧ではないという言葉が、雪衣に対する扱いにかかっていることに。


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