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すると河瀬は、べーっと舌を突き出した。
「そういうことをあげる前から聞いてくるやつ、きらーい!」
「あげる前って……友チョコだろ? しかも手作りなんだから、本命用にもできる。どちらにしろ俺には回ってこないんだからいいじゃん」
「……でも教えたくない」
河瀬はなぜか頑なだった。
「じゃあ……いいよ、もう。和樹にもあげることにする」
えっ。俺の心臓がまた跳ね上がる。
「つくったら和樹にもあげるから。だから完成までのお楽しみね」
そして、河瀬お得意のウインク。夕日に照らされた彼女の動きすべてが、輝いて見えた。
「お……おう。楽しみにしてる」
俺はかろうじてそう言うと、踵を返した。だめだ、これ以上一緒にいるとニヤけてしまいそうだ。
俺と河瀬が釣り合わないことは最初から分かっている。だから別に恋愛的な好きという感情はない……と思う。だが彼女元来の可愛さと、パシリに対してもお礼をしてしまうところや、結局女友達と交換するための手作りの何かを俺にも分ける羽目になってしまったというところ――それはどこか、いとおしいと感じさせるものがあった。
夕暮れに染まるスーパーの前を、歩き出す。
と、そこで背後から名を呼ばれた。
「和樹!」
河瀬の声だ。振り向くと彼女は、俺が渡したレジ袋を抱えながら、こちらをじっと見ていた。俺と目が合ったところで、彼女は再び口を開く。
「今義理チョコも渡したし、今度は手作りお菓子もあげるんだから、わかってるよね?」
俺は首をかしげて見せる。語気を強める河瀬。
「三月十四日! ホワイトデー! ちゃんとくれないと許さないから!」
――そうだった。バレンタインのお返しをする日というものが日本には存在するのだった。それはまごうことなく、去年まで俺の辞書になかった単語であり、俺のカレンダーに入っていなかったイベント。
「あ、ああ、わかった!」
少し緊張しながらも返事をする。そして片手をひらっと振って、河瀬から目をそらした。
さあ、今度こそ帰ろう。
俺は大きくなる鼓動を意識しないように、ひたすら歩く。だけど、頭の中はすべて、来月のこの日に彼女に何を贈ろうかでいっぱいだった。
きっと、三月十四日も、俺は彼女に勝てないのだろう。
そんな気がしたけれど、なんだかそれは凄く幸せなことのような気がした。
(了)
俺は白い日にだって彼女には勝てない。 咲翔 @sakigake-m
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