第22話
先輩が笑ってくれて少し安心した。
「……そういえば僕、背が伸びてました。あはは……あの、今日は突然呼び出してすみませんでした。少しだけ話せますか?」
先輩が困ったような顔で、二回頷いた。さっきは笑ってくれたのに、今の表情を見ると、本当は僕と話したくないんだろうな、と思ってしまう。
先輩には申し訳ないけれど、僕が前に進むためだ。
「じゃあ、そこのベンチで座って話しましょう。すぐ終わりますので」
「うん」
僕達は正面玄関を出て、目の前にあるベンチに腰掛けた。
正面玄関からは生徒達がちらほら出てきている。僕等をちらっと見る人が多くて、そんな中で話すのは少し緊張する。けれど、二人きりになるよりかはまだマシだ。
「先輩。元気でしたか?」
「うん。元気だったよ」
先輩は地面をじっと見ている。元気だった、と言う割には悲しそうな表情をしている。
「そうですか……」
「……真絃は?」
「僕は、まぁ色々あったんですけど、元気でしたよ」
「そっか……」
「先輩は……今、幸せですか?」
「……今、幸せだよ」
先輩が僕の方を向いて、悲しそうに笑った。
どうしてそんな悲しそうなのに、幸せだって言っているんですか。
どうして悲しそうなのに笑っているんですか。
そんな表情を見たら心配じゃないですか。
僕と話しているからそんな悲しそうなんですか。
さっき笑ってくれたじゃないですか。その笑顔で幸せだって言ってくれないと僕は……
「真絃……。あの時は……」
先輩が何か言おうとしていた時、「りーんーかー!」と前から先輩を呼ぶ男性の声が聞こえた。
正面玄関で、こちらに向かって手を振る男性がいる。金髪ほどではないが明るい茶髪で、完璧にヘアセットされたマッシュヘア。こちらに近づいてきて、顔がはっきり見えたが、正直この学校で一番のイケメンなのではないかと思った。先輩の友達なんだろうか。
「
「いや、だって、凛華が男から呼び出されたって聞いて心配になったんだよ」
「別に心配しなくて大丈夫」
先輩が俯き加減で言う。
「で、誰?」と蓮という人が、僕を睨みながら言った。その人は僕と先輩の間に座って足を組み、頬杖をつきながら僕をじっと見てくる。
「僕は……」
「私の友達。名前は真絃」
先輩が僕のことを友達と紹介してくれた。まだ友達と思ってくれていたんだ。
「へ〜真絃くん。凛華に男友達なんていたんだ。初耳。もしかして告白じゃないよね? 俺の彼女に手出さないでね?」
蓮という人が余裕そうな笑顔を見せる。
彼女……。そっか、そうだよな。先輩の彼氏だよな。先輩は友達もできて、彼氏もできて、幸せに決まっている。さっきの悲しそうな顔は僕と話しているからだ。
とにかく幸せだと知ることができて良かった。
「僕は人の彼女に手を出したりしませんよ。凛華先輩とは友達なんです。今日は凛華先輩を呼び出したりしてすみませんでした」
「そっか。じゃあほどほどに仲良くね。凛華帰るぞー」
彼氏が先輩の手を取った。でも、先輩がその手を振り払って、「え……まだ真絃と話終わってない」と言う。
もう幸せなのが分かったから、僕は話すことは何もない。
「話は終わりましたよ。行ってください。……さよなら」
「ほら終わったって。帰るぞ」と彼氏が先輩の手を取って立ち上がる。
「あ、そうだそうだ」と言って、彼氏が僕の肩に手を置き、顔を近づけてきた。
「真絃くん。自分のこと、僕って言うんだね。かわいい」と言われた。
先輩の彼氏の表情が、僕を嘲笑しているように見えた。
僕は去っていく二人の後ろ姿を見ながら、いつのまにか自分のズボンを強く握りしめていた。体の中心から真っ黒な感情が外に出そうになった。
先輩の彼氏があの人なのが僕は納得いかなかった。人のことを馬鹿にしているような、あの目が許せない。先輩にはもっと良い人がいそうなのに。でも、先輩が選んだ人なんだ。僕は何も言う権利がないんだ。
この黒い感情が収まるまで動けそうにない。
目を瞑って、深呼吸をする。呼吸をするたびに黒い感情が徐々に消え去って落ち着いてきた。
少し落ち着いて分かった。僕はたぶん先輩の彼氏が羨ましいんだ。先輩と両想いで付き合えて、手を繋げる。羨ましいから気に食わないだけなんだ。
「真絃!」
凛華先輩の声が聞こえて目を開けた。先輩が走って戻ってきたみたいだった。
「どうしたんですか? 彼氏さんは?」
「忘れ物したから先に行ってって言ったの」
「そうなんですか……」
「私、まだ真絃と話したいこと沢山あるの。だから、また今度話したい。連絡先って変わった?」
「……変わってないです」
「良かった。じゃあ、また連絡するね」
「はい……」
先輩が走っていく。その背中を見つめていたら、先輩が突然立ち止まって振り向いた。
先輩は僕に向かって、胸の前で小さく手を振っている。高校生の時みたいに微笑みながら手を振っている。あの時に戻ったみたいに僕も手を振り返した。
先輩がまた走っていく。彼氏の元へ走っていく。
今日の先輩は悲しそうに笑ったり、高校生の時みたいに僕に笑いかけてくれたり、先輩が何を考えているのか分からなかった。でも、もう先輩が何を考えているのかは考えなくていい。今日ではっきりした。先輩はきっと幸せであることに間違いはなくて、僕は変わらず友達なんだ。
僕はもう先輩のことを考えずに、前に進むべきなんだ。
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