第17話

「真絃、昨日先輩誘ってくれてありがとな!」

 学校に行くと湊から昨日のお礼を言われた。

「いや、全然いいけど、湊帰るの早かったからびっくりした」

「まぁ用はすぐ済んだからなぁ」

「用?」

「真絃の好きな人がどんな人なのか知りたかったんだよ」

 好きな人。湊にどう答えればいいのか分からない。好きな人とは認められない。認めてしまえばもっと自分を制御できなくなる。先輩をもっと困らせてしまう。親同士が不倫をしているんだ。僕達はそういう関係になってはいけないんだ。

「……好きな人じゃないよ」

「俺には分かるぞ。昨日のお前、僕の先輩に手出すなよオーラ凄かったもん。嫉妬心がダダ漏れ」

「そんなオーラ出してないし。先輩は……友達としてはもちろん好きだよ。それ以上は……ない。それと先輩は僕のことを後輩とか弟にしか見てない」

「うーん。先輩は真絃のこと後輩とか弟とか見てないと思うぞ。同等の立場で真絃のことを見てるよ。真絃のこと、ちゃんと見てる。一人の男として見てる」

 いつも笑顔の湊が真剣な顔をしている。顔が嘘じゃないと言っている。でも、昨日喋っただけで、何で分かるんだよ。先輩が僕のことをなんとも思っていないのは分かるだよ。

 その前に親同士が不倫をしているんだ。仮に先輩も僕のことを友達以上に見てくれていたとしても、僕達は友達以上のことを求めてはいけないんだ。初めから特殊な友達だったんだ。この特殊な友達もいつまで続けられるのか正直分からない。いつもこの特殊な友達がいつ壊れてしまうのか怖い。考えたくない。

 このまま不倫をやめさせることができたとして、僕と先輩が友達以上の関係をお母さんは許さない。友達でいることも反対されるに決まっている。もし、不倫がずっと続いて、不倫のせいで家族が壊れたあと、不倫相手の子供と友達だとか、付き合っているとか、お父さんが知ったらきっと反対される。先輩を見るたびにお父さんは不倫のことを思い出すんだ。そんなの無理に決まっている。


「僕達はそんな関係になっちゃダメなんだ。でも、昨日手を繋いでしまった……」

「えっ? 情報多いーわ! ダメ? 手を繋いだ?」

 授業が始まるチャイムが鳴った。

「やべ。また後で話聞くわ!」と言って湊が自分の席に戻っていった。


 昼休み、湊と食堂でパンを買って中庭のベンチに腰掛け、寒空の下、二人でパンを食べた。

 湊は僕が話し始めるまで待ってくれた。僕は頭の中で何をどう話そうか整理しながらパンを食べた。

 食べ終わって、僕が話し始めると、湊はいつになく真剣な顔で頷いていた。

 湊には話せないことがあって、そのことで先輩とは友達以上の関係になれない。友達という関係も続けられるか分からない。

 僕は気持ちを制御できなくなって、昨日手を繋いでしまったこと。先輩を好きだと認めたらダメなこと。

 湊に正直に話した。湊は余計な詮索をせずに話を聞いてくれた。

 

「真絃、辛いな」と湊が言った。

 話を聞いてくれて、辛いな、と言ってくれただけで、僕の心が少し軽くなった。


「いつか、気持ちを制御しないでいい日がくればいいな。俺は真絃に幸せになってほしいよ」

「ありがとう。湊の分まで幸せになるよ」

「お前さぁ、俺の分まで幸せになるなよ! そこは湊の幸せも願ってるよ、だろ?! 今感動的な場面なんだからさぁ。俺はいつもふざけてるけど、お前はいつも真剣な場面でふざけるんだからさぁ……」

 ふざけているんじゃない。真剣な場面に耐えられなかったんだ。普段の湊と違ったし、なんだか心臓がくすぐられているような感じがしたから、耐えられなかったんだよ。本当に感謝している、と言うのはまた今度にしよう。

「ごめんって」

「はぁ。で? 今日も先輩と会うんだろ?」

「あ〜うん。また明日って言ってたから会うんだと思う」

 スマホの通知を確認したけれど、まだ先輩からメッセージは来ていない。


 放課後になっても、先輩からメッセージが来ていなかったので、『校門で待ってます』と僕からメッセージを送った。


 校門付近に立って、帰宅する生徒達の中から凛華先輩を探したけれど見当たらなかった。徐々に帰宅する生徒達が減ってきた。スマホを確認するが、メッセージは来ていない。既読にもなっていない。

 流石にこの寒い中待つのは限界が来たので、先輩に、『市立図書館にいるので、来れたら来てください』と送った。送ったあとに僕は気づいた。もしかして昨日僕が手を繋いだりしたから、先輩は僕のことを避けている? 僕の気持ちが伝わって距離を置きたいとか? でも昨日、また明日、と言ってくれたし、マフラーを貸してくれた。それに、先輩だったら僕に直接、手繋ぐのはやめようとか、ちょっと距離を置こうとか言うはずだ。だったら体調不良かもしれない。とりあえず返事を待とう。


 次の日になっても返事は来なかった。心配になった僕は、二年生の教室を覗いて凛華先輩がいないことを確認して、話しかけやすそうな男の先輩に、「凛華先輩、学校に来てますか?」と訊いた。その男の先輩は、「昨日から来てないよ」と言った。

 昨日から来ていなかったんだ。メッセージの返事もないし心配だ。

 男の先輩に、「体調不良とかですか?」と訊くと、「さぁ。知らない。担任は何も言ってなかったよ」と言われた。

 もし、返事もできないほどの体調不良だったらとか、何かあったんじゃないかとか、心配だけれどメッセージを何度も送ると迷惑なんじゃないかと思って、送るのをやめた。


 次の日も先輩は学校に来なかった。


 一人で夜遅くまで時間を潰すのは、先輩と過ごしていた時よりも時間が長く長く感じた。


 明日は学校が休みだし、もう一度だけ。心配だから。

『先輩何かあったんですか? 心配してます。一言でいいので返事ください』とメッセージを送った。


***

 

 インターホンのボタンを押す。ピーンポーンと鳴り、「はーい、ちょっと待ってなー」と湊の声がした。

 昨日、家に帰るとお父さんから、「すまないが明日、朝から夜まで外に遊びに出てくれないか? 家にお客さんがくるんだ。どこかで食事もすませてきてくれ」と言われたので、湊の家に来た。

 玄関のドアが開いた。

「入っていいぞー!」

「お邪魔します」

 玄関を上がって目の前にある階段を上り、右側にある湊の部屋に入る。床に漫画本、脱ぎ散らかした服、食べ終わったお菓子の袋が散乱している。

「湊。僕が来るの分かっているのに、これ?」

「何が?」

「部屋汚すぎ」

「真絃だからいいじゃーん」

「ちょっと片付けていい?」

「え? いいの?」

「うん。湊はゲームでもしてて」

「やった! 今日なんか奢るわ! 真絃、意外に綺麗好きだよな」

「意外じゃないし。……そういえば先輩からも意外に部屋綺麗って言われた」

「は? 部屋綺麗ってお前……部屋に先輩入れたの?」

「うん。色々あって、部屋入れたけど」

「先輩と二人きり?」

 目を見開きながら、湊が詰め寄ってくる。

「う、うん」

「二人きりで何したんだよ」

 湊がどんどん詰め寄ってくるので、僕は後ずさりする。

「話してただけだって」

「ふーん。その時は気持ち、制御できたんだ?」と満面の笑みを浮かべてゲームを始める湊。

「う、うん。そういえば……先輩と連絡まだ取れないんだよね」

 僕は床に落ちている漫画本を拾う。

「まだ取れないのか……学校も休んでるんだったよな? 心配だよな」

「うん。心配だし、明日会う約束してたんだけどな……」

 先輩のお父さんに会う予定だったけれど、その予定ももうないのかな。

「もう一度メッセージ送ってみたら?」

「うーん……」

「メッセージ送りすぎたら迷惑じゃないかな? とか考えてない? 自分に制御かけてない? 今は制御しなくていいと思うぞ。心配されて嫌な人いないと思う。メッセージ送るくらいいいだろ」

「うーん……」


 湊の部屋を片付け終わって、お昼は湊の奢りでハンバーガーを食べに行った。先輩がハンバーガーを食べているのを思い出して会いたくなった。


 湊の家に戻り、ゲームをしているといつの間にか夕方で、湊のお母さんから、「夕ご飯良かったら食べて〜」と言われたので、遠慮なくいただいた。

 家族団欒で食事をする湊の家族は、みんな幸せそうに笑っていた。もう僕の家族では、こんな食卓を囲むこともない。僕がお母さんのことを許さないかぎり。


 湊の家を出る時、「先輩にメッセージを送ってみろよ」と湊から言われた。

 先輩にもう一度メッセージを送るなら、何と送ればいいのか迷う。普通に明日のことはどうするのか訊くか、もう一度心配していることを言うか。とりあえず今日中にはメッセージを送ろう。


 家の玄関の前についた時、スマホの通知音が鳴った。

 スマホの画面を見ると、凛華先輩からだった。良かった。やっと返事が来た。

 玄関を開けて、靴を脱ぎならメッセージを開いた。


『返事できなくてごめんなさい。

 心配かけてごめんなさい。

 真絃を巻き込んでごめんなさい。

 真絃の家族を壊してごめんなさい。

 今までありがとう。本当にごめんなさい』


 何で先輩はこんなに謝っているんだ? 先輩に何があったんだ。メッセージではなくて、今すぐ先輩に電話しよう。

 

 家に上がると目の前にお父さんがいた。

「真絃おかえり。話があるんだ」と言ったお父さんは少しやつれたように見えた。

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