春分祭御礼
管野月子
祭だ、祭っ! 戦い踊れ!
歓声が、電飾に照らされた夜の広場に響き渡る。
地下遺跡の上に栄えた街は今、数えきれないほどの人が主役の二人を囲み、即席のスタジアムとなって沸いていた。
中央で睨み合う二人が手にしている得物は真剣だ。とはいえ、火器や飛び道具は無し。相手に怪我を負わせ屈服させることが目的じゃない。
腕試し。
どちらがより高い戦闘能力を持っているか。
荒野に出没する、今や負の遺産となった合成生命体――蟲を倒し、街と人々を護る。その腕を競い合う戦いは、春分祭最大の目玉と言ってもいい。
街に住む者、街を訪れた者たちは皆、彼らの鮮やかな姿を目の当たりにして賛辞を送ると同時に、腕を見る。荒野に湧く蟲は今なお進化を続け、それらに対抗できる腕もまた、日々進化し続けなければならないのだから。
わぁぁあ! と、ひと際高い歓声が上がった。
斜め下から切り上げる大剣の切っ先を、すんでのところで避けそのまま攻撃に転じる。風を切って唸るのは身の丈ほどある双頭の両剣。磨かれた刃は街の明かりを反射し、金色の軌跡を描く。
既に鐘が鳴ってから三十分近く経っているというのに、両者の動きは一呼吸たりとも止まらない。むしろ更に闘志を漲らせ、スピードが増している。
観客すら息つく間もない。
対蟲と人では得物も戦い方も全く違うだろうに、どちらも派手な剣を振り回し、ここぞとばかりに祭を盛り上げている。
今の目の前で競い合うのは流れの老剣士と、この街で一、二を腕を持つ討伐師、ザツロだ。
老師とも呼ばれている剣士はこの大陸で長く名を馳せている凄腕で、大型の蟲を駆逐した功績は一つや二つではない。この街の子供たちは皆、彼の英雄譚を聞いて育った。
対する若年ザツロもまた、そんな剣士に憧れて腕を磨いてきた一人だ。今は相棒として僕と共に街を護っているが、いつの日か剣士に憧れ、
今のところ、ザツロからそんな話を聞いたことは無いが。彼がこの街だけで活躍しているのは勿体ないと思うんだ。
剣がぶつかり、重い音を響かせる。
歯を剥き出しにして笑い合いながら、力と技ではどちらも拮抗していた。
ザツロの性格を思えば、「参った」なんて言葉は死んでも口にしない。どれほど叩きのめされようとも喰らいついていく。その意志の強さから、目が離せない。
両者の汗が滴り落ち、石の地面を黒く濡らす。
剣で押し返し、共に一歩下がった。と同時の反撃。だが――。
「ぐっ!」
わずかな砂に足を取られたのか、剣士がバランスを崩した。
振り下ろされる双頭の剣。それを大剣で受け、剣士は片膝をついてザツロを見上げた。笑う表情から闘志が溶けて消えていく。
「小僧、腕を上げたな」
「前をゆく老師の背があったおかげです」
目じりに皺を刻む。息をつく。
双剣を下ろしザツロは手を伸ばした。その手を受け取り、剣士は取った腕を高く掲げる。広場に歓声が轟く。
勝者ザツロ。
周囲で観戦していた者たちが口々に声を上げる。
「すげぇ、天下無双と言われた老師を下したぞ!」
両者に駆け付ける街の人たちが、杯を掲げて二人を称える。
僕も数歩離れた場所で椅子に座り、拍手を送った。そして瞼を閉じ、街の外の気配を探る。
蟲は、夜に活動する。常なら陽が沈んだ後は息を潜め、ただ朝を待つ。
だが今夜は特別な祭だ。この日のために数日前から街の周囲の蟲の動向を探り、危険が予測される群れは事前に駆逐したり、蟲避けを設置した。蟲が嫌う周波数帯の音も念入りに配置している。
絶対の安全を保障するわけではないが、今日明日ぐらいは危険度も下がるだろう。
そう思いはしても陽が落ちると、蟲の動向を探るのが習慣になっている。
僕は……少し、人とは違う目と耳を持っていて、蟲の声や気配が分かる。
その理由は遺跡発掘に携わる教授が究明中だが、何となく察しはついている。おそらく千年の昔に作られたという蟲たちと、起源を同じくする遺伝子を持っているんだ……。
今は証明できるだけのデータも機材も無いが。
だからこそ察しはついていたとしても、あえて口に出したりしない。いたずらに街に住む人々の不安を煽る必要なんて無い。ただ少し勘のいい者として、街の危機を察する監視役に徹すればいい。
「よぉ、テリネ」
瞼を開けると、勝者となったザツロが得物片手に僕の前に立っていた。
「ちゃんと見てたか?」
「見てたよ。凄いな、凄腕の老師を下したなんて。お前は街の英雄だ」
「そんなワケあるか」
言って笑い、僕の隣にどっか座る。
ザツロのファンなのだろう給仕の子が、冷たい飲み物を差し出す。それを受け取り礼を言ってから、ザツロは一気に飲み干した。
「あれは老師が俺に花を持たせてくれたんだ。天下無双を下すには、まだまだ修行がいる」
そう言いながら苦笑する。足を取られたように見えたが、わざとだったということか。僕を含め周囲の人たちは全く気付かなかった。
模擬戦が終わり、華やかに着飾った人たちが歌やダンスを始めていた。
中央でひと際響き渡る歌声を上げているのは、同じ討伐隊の歌姫ススナだ。蟲たちの先遣り「妖精」を払う歌声をもつ者として、ザツロと共に街の人たちから頼りにされている存在だ。
今はただ人々を楽しませるものとして、伸びやかな歌声を響かせている。
とても……平和だ。
街を取り囲む壁の向こうは涸れた砂と岩ばかりの大地で、人類はじわじわと滅亡への道を歩んでいるとは思えない。今、この祝いの場も、炎が消える前により一層輝く光なのだろう。
ザツロが、ギシリと椅子を鳴らした。
「蟲に怪しい動きでもあるか?」
「いや、空も静かだし、事前準備もあっておとなしいものだ」
「だったら、もっと気を抜いて楽しめよ」
鼻で笑いなからザツロが呟く。
僕は彼に顔を向け、反論できずに視線をそらした。
「今日より一日の半分以上が陽の出ている時間だ。一分でも、一秒でも。夏至、そして秋分まで、俺たち人間が活動できる時間が増える。冬を耐え抜いたことを喜び、次の長い夜を越える力を蓄える時だ」
「あぁ、わかって……わぁああ!」
いきなり大きな手で髪をガシガシとかき回された。
「その祝いの日なんだからよ、行ってこいよ!」
「どこに?」
「テリネ!」
ススナが駆け寄り僕の手を取る。
「踊ろ!」
「はぁ? ザツロの方が上手い――」
「テリネがいいの!」
「ダンスなんて知らないし!」
「かまわないわ!」
「行ってこぉーい! 行ってくたくたになるまで踊って来いよ!」
見送られ、引っ張られ、広場の中心まで連れられる。
楽器のリズムに乗っていた人たちが僕の姿を見て驚き、同時に歓迎する。
「テリネが来た!」
「俺たちの守護天使が来たぞ!」
「はぁあ?」
皆、もう酔ってるのか?
守護天使とか何だよ。そういうガラじゃないぞ。
――とはいえ、こんなに陽気になった街の人たちの姿は初めてかもしれない。皆、ザツロの勝利に歓び、ススナの歌声に酔いしれ舞い上がっているんだ。
街の人が声を上げる。
「テリネ! 今夜は朝まで踊るぞぉ!」
「むりだって、どうすればいいのさ!?」
「私たちと呼吸を合わせればいいのよ」
人のように。
微笑むススナを前に、僕は抵抗をあきらめる。
今を生きていられる、この瞬間を祝いたい気持ちはよくわかる。家族や友人を喪いまだ悲しみを忘れられない者も、明日を生きられるか分からず不安に押しつぶされそうな者も、今夜ばかりは喜び踊る。
そんな人たちを前に、いつまでも踊れないと駄々をこねるのは無粋だ。
「あーもぉ、知らないぞ!」
「ひゃっほぉーい!」
笑いがあふれ、楽器の音と歌声が響く。
これは僕たち人にだけ許された特権だ。砂の惑星に
夜が明けて、ふらふらになるまで。
そして僕は「もぅ、無理だ」と声を上げてベッドに倒れ込むんだ。薄い布団に
いついつまでも、幸せな人の営みが続く世界を願って。
春分祭御礼 管野月子 @tsukiko528
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