第6話 冒険者業は意外とブラック

 換金をするためにダンジョンを出る。


 俺と違って、楓香ふうかは血まみれだ。

 冒険者なら見慣れた光景だが、まずはシャワーを浴びないと建物の外には出られない。


黒瀬くろせ様、お連れの方はシャワーを浴びて帰られることを――」


「もちろんわかってます」


 この建物を管理する政府の職員からの言葉を遮る。


 Aランク冒険者の俺がダンジョンから出てくると、職員たちの間の空気が引き締まったのを感じた。高ランク冒険者ともなれば待遇はいい。


 それは政府からも同じだ。


「凄いですね。やっぱり才斗さいとくんは尊いです」


「シャワー室に行け」


「才斗くんも一緒に入りますか? エッチなことします?」


 俺はそんな甘い誘惑の言葉を無視し、スタスタと同じ建物内にある換金所へ向かった。


「あ、わたしも行きまーす!」


「お前は先にシャワーを浴びろ」


「お前って言わないでくださいよ~。楓香ちゃんって言ってもらいますよ~」


「楓香、頼むからシャワーを浴びてくれ」


 さっきから血の臭いがプンプンするんだ。


 それなのに楓香本体からはいい匂いが漂っている。

 あれだけ体を動かしたのに汗をかいてない。特殊体質か。


「それじゃあ、換金はわたしが戻ってくるまで待っててくださいね。一瞬でシャワー浴びて、セクシーな格好で来ますから」




 ***




 楓香は無料で貸し出されている白いTシャツを着て戻ってきた。


 ピンクの髪はまだ濡れている。

 シャンプーの香りのせいで、余計にいい匂いがする。


「気持ちよかったです。才斗くんもいれば、もっと気持ちよかったですね」


「下ネタは嫌いだ」


「え、別に下ネタじゃないですよ。意外とむっつりなんですね、才斗くん」


 まったく面白くなかった。

 軽く睨んで換金所に移動する。


 3階層までの道中で得た鉱石や、食べれる草など。換金できると公式発表されているものだけを並べていく。


 そして最後に、楓香が28秒で倒したキングゴブリンの心臓が置かれた。


 換金測定器が示した金額は2万円。

 1日の稼ぎとしてはなかなかなものだと思う。


 だが――。


「ここから税金を引いて1万円になります。キングゴブリン討伐、おめでとうございます」


 事務的な話をする職員の女性。


「この金額は彼女が稼いだものなので、こちらのカードに」


「いやいや、2人で分け合いましょうよ」


「キングゴブリンを倒したのは楓香だ。俺じゃない」


 そう言って、俺は1万円を楓香に与えた。

 楓香が冒険者カードをスキャンすると、1万円が振り込まれる。


 そして――。


「あ、手取りは7000円ですか……わかってましたけどなんかつらいですね」


 税金として半分取られ、そのまた30%を【ウルフパック】に回収される。2万円が7000円に。

 これが冒険者の現実だ。


 フリーの冒険者であれば税金だけで済むが、手厚いサポートの重要性を考えると、組織に所属していた方がいい。


 冒険者の現実を改めて噛み締め、俺と楓香は建物を後にした。




 ***




「ダンジョンでの仕事は終わったので、新しくできたスイーツの店に行きませんか?」


「遠慮しとく」


「行きましょうよ~。デートなんですから」


「デートじゃない。仕事だ」


「むぅー。じゃあせめて手を繋ぎましょう!」


 恋人でもないのに手は繋がない。


 しつこい楓香の絡みをかわしながら、帰路をたどる。


「楓香の家もこの辺なのか?」


「もちろん違いますよ」


 じゃあ、どうして俺についてくるのか。


 嫌な予感がした。

 薄々感じてはいたが、今確信に変わった。


「俺の家に泊まるつもりじゃないよな?」


「もちろんそのつもりですよ」


「それだけはやめてくれ。家に帰らないと保護者も心配するだろ」


「心配不要ですっ。わたしは片親で、母だけなんですけど、ちゃーんと才斗くんの家で暮らす・・・ことは前もって伝えてます」


 楓香の選んだ言葉から、不穏な空気を感じ取る。


 こいつは今、泊まる・・・、ではなく、暮らす・・・、と言った。


「どういうことだ?」


「実はこれも山口さんからなんですけど、直属の上司と部下は、親睦を深めるために一緒に暮らすように、という指示なんですよ。母には【ウルフパック】から生活費が支給されることになってますし、上司・・にしっかり鍛えてもらうよう言われてるので」


 クレイジーな組織だ。


 楓香は山口剣騎けんきの存在を示唆したが、この指示を出した根源は組織そのもの。剣騎の独断というわけではないだろうしな。


「他にもいろいろ言われたんですけど、それはまた別の機会で才斗くんに直接言いたいそうです」


「……」


 上からの命令だ。


 逆らったらペナルティがある。


 それに、この命令に背いた場合、そのペナルティを受けるのは俺だけじゃない。楓香も俺のせいで巻き添えを食らう。


「剣騎にも西園寺さいおんじにも言いたいことはあるが、とりあえずわかった……」


「じゃあ、わたしと同棲してくれるんですね!」


「その言い方はなんか嫌だ」


「いいじゃないですか~。わたしもついに、憧れの冒険者ブラックと同棲できるんですね!」

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