第5話 どうしても名前呼びがいい可愛すぎるバディ
「やっぱり
「前にも言ったが、そんな暇はないんだ」
「いいんですよ、別に。わたしだって年頃の女の子なんです。才斗くんのために処女はとっておきましたから。ファーストキスもまだなんですよ」
知らなくてもいい情報だった。
俺たちは2階層を余裕で突破し、3階層を歩いている。
狙うはキングゴブリン。ゴブリンの中でも最上位のモンスターだ。
「俺からの条件はそんなことじゃない」
「え、違うんですか? 遠慮しなくていいのに」
「真面目な話だ。戦っている時の
呆れながら言うと、白桃は頬をぷくっと膨らませ、怒ったようにこっちを見てきた。
わかりやすい怒り方。
可愛いことを自覚してやってるに違いない。
「わたしのこと、名字じゃなくて名前で呼んでください!」
「上司が部下をどう呼ぶかは自由だ」
「そこをなんとか!
普通に呼び捨てするよりハードルが高い。
「楓香、これでいいか?」
「ま、それくらいで許してあげますよ」
こいつ……。
白桃改め楓香の表情は満足げだ。
俺にはわかる。あえて最初にちゃん付けを要求し、少しハードルを下げた名前呼びを俺に選ばせた。妥協点として。
心理学のテクニックだ。
「そんなことはともかく、俺からの条件を提示する」
「そんなことじゃないですよ! わたしにとっては大事なことだったんです!」
こうして会話しながらも、襲ってくるモンスターを容赦なく倒す俺たち。
3階層からは一気に広くなり、分かれ道が多数出てくる。
すれ違う低級の冒険者たちを助けたり、お得な換金アイテムを採取したり。
くだらない会話を展開しながら、やることはやっていた。
さすがは【ウルフパック】のCランク冒険者。モンスターを倒す時の
俺は楓香にキングゴブリンを倒す時の条件を伝えると、自分の腕時計をささっと操作した。
ダウンロードされたダンジョンの
「
「それじゃあ、わたしが倒して少し稼いじゃいますね」
金で装飾された豪勢な扉を押す。
重い音を立てて開いた扉の先に。
王座に腰掛けるキングゴブリンがいた。
隣の楓香の雰囲気が変わる。
――戦闘モード。
それを感じ取ると同時に、またも腕時計を操作する。
今度はストップウォッチを起動。
俺が楓香に出したキングゴブリン討伐の条件は、
キングゴブリンのような階層のボス的モンスターの場合、冒険者パーティを組んで戦うのが普通だ。
だが、Cランクの実力があれば、単独でいける。
Aランクの俺であれば剣一振りで終わる戦いだ。Cランクだったら5分くらいはダメージを与え続けないと勝てないだろうな。
条件を出した俺自身も、無理だと思って言っている。
理不尽だ。
普通はそう思うだろう。
だが、なぜか楓香にはそんな上司の理不尽を嘆く様子がなかった。
「では、失礼します」
楓香が疾走する。
10メートルはあったはずの間合い。
一気にゼロに。
キングゴブリンも対応できない。
残酷なまでに正確な一撃を、肩に食らう。
だが、ここで終わらないのがゴブリンの王。
自らも剣を構え、迎撃する。
剣と剣がぶつかり合う音。
楓香は自分で言っていた通り、ピトー派の
剣をぐっと後ろで構え、相手の攻撃を確実に受け止める。
機械的な動きで攻撃を弾き、敵の精神を追い詰めていく。
――ピトー派のこなしはほぼ完璧。
洗練された剣術だ。
俺と流派は違うものの、一目で熟練者だとわかる。
「10秒」
もう10秒。だが、たったの10秒でもある。
まだ彼女には50秒の猶予が残されている。
それなのに、もうキングゴブリンは劣勢だ。
「20秒」
打ち合いの音に狂いが生じてきた。楓香は相変わらず正確無比。この狂いの正体はキングゴブリンの気の乱れ。
崩れない楓香の
「25秒」
キングゴブリンが壁に追い詰められる。
逃げ場を失い、剣を握る力が弱くなった。
楓香はそれを見逃さない――いや、待っていた。完全に敵が崩れるタイミングを。
「キングゴブリン、討伐しました」
「28秒だ」
首を斬り、鮮血が溢れ出る。
醜いモンスターの頭が王の間に落とされた。
戦いが始まってまだ28秒。たったの28秒で、事実上3階層のボスとも言われるキングゴブリンを討った。
「ドロップアイテムはキングゴブリンの心臓か」
「感想はそれだけですか?」
ドヤ顔で駆け寄ってくる。
「1分の半分以下で片付けましたよ。ご褒美に頭撫でてください」
「髪に血が付いてるぞ」
「冒険者なら当然のことですよ。だから、ね?」
「わかった」
俺は感情を無にして楓香の頭を撫でた。
ピンク色の髪を揺らしながら喜ぶ美少女。
目の前でここまでの戦闘を見せられれば、認めざるを得ない。
――白桃楓香は俺と同じ、
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