第4話 嘘のハードル

「また金がない。」


いつもそうだった。


親から仕送りをもらっても、バイト代が入っても、気づけば財布の中は空になっている。

俺は何も考えずにパチンコ屋へ向かい、何も考えずに金を溶かし続けた。


最初は「負けても来月の仕送りがあるから」と思っていた。

でも、次第に「今、金がないならどうする?」と考えるようになった。


その答えは、もう決まっている。


「母さんか、ばあちゃんに頼めばいい。」




俺の父親は寡黙で厳格で真面目で尊敬できるが

ダメな自分からすると怖かった。


「男なら自分でどうにかしろ」

「お金は大事にしろ」


小さい頃から、何度もそう言われてきた。


だから、父親にだけは絶対に頼れなかった。


でも、母さんは違った。


「どうしたの? お金が足りないの?」


俺が「少し困ってる」と言えば、すぐに振り込んでくれる。


ばあちゃんも同じだった。

特に、ばあちゃんっ子だった俺。


「お前のためなら……」


何も疑わずに金をくれた。


俺は、その優しさを利用した。



「ちょっとだけ」のはずが、回数が増えていく


最初は、小さな嘘だった。


「教材を買わなきゃいけない」

「学費の支払いが足りない」

「バイト代が遅れてるから、少しだけ助けてほしい」


一度、二度と嘘をつくたびに、罪悪感は消えていった。


「言えば金がもらえる。」


その感覚が、俺の中で当たり前になっていった。


「悪いな、母さん……ばあちゃん……」なんて思うことは、もうなかった。




ある日、母さんからLINEが来た。


「ケンジ、またお金? この前も振り込んだよね?」


「……あー、そうなんだけどさ」


焦りはなかった。


もう、すぐに言い訳が出てくる。


「急に学校の教材が必要になって……」


「うーん……お父さんに相談してみたら?」


「いや、それは無理! 絶対に怒られる!」


「……そうだよね。わかった、送るね。」


5分後、振り込み完了。


──たった、これだけのことだった。


もう、俺の中で「嘘をつくこと」は何の抵抗もない行為になっていた。




最初は、5000円。

次は1万円。

その次は2万円。


俺の「お願い」する金額は、どんどん増えていった。


最初は「申し訳ない」と思っていた。

でも、気づけば「金を引き出す手段」としか思わなくなっていた。


母さんとばあちゃんから金をもらうのは、

「ギャンブルの軍資金をATMで引き出す」のと同じ感覚 になっていた。


──金がないなら、また頼めばいい。


それが、俺の日常になっていた。




俺は、もう「嘘をついて金を作ること」をやめられなくなっていた。


ギャンブルのせいで金が消える。

金が消えるから、また金を借りる。

借りるために、もっと自然に嘘をつく。


そのサイクルを繰り返すうちに、俺はどんどん「嘘をつくのが上手くなっていた。」


もしかしたら、もう母さんもばあちゃんも気づいていたのかもしれない。

それでも、俺が頼めば、金をくれた。


──そうやって、俺は嘘のハードルをどんどん下げていった

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