隣の席の銀狼姫はモールス信号で好きを伝えてくる

綿紙チル

プロローグ 銀狼姫と秘密のやり取り

「ねえ、空野さん。放課後、俺と遊びに行かない?」


 他のクラスからやってきた男子生徒が声をかけたのは、学校一美しい少女。

 自身の机に戻ろうとしていたところを止められた形だ。


 少女の名前は、空野琥珀そらのこはく

 通称、銀狼姫と呼ばれている。


 サラサラとした雪を彷彿とさせる、日本人離れした銀髪は肩まで伸びている。

 異名に沿っているのように、野生の狼を思わせる金色の瞳。

 チャーミングな八重歯も、狼のようなイメージを加速させている。

 ただ、そんな彼女が銀狼姫と呼ばれているのは、見た目だけの理由では無くて――。


 ギロッ。


「ヒッ……す、すいませんでした!」


 呼びかけられた空野さんは振り向くだけで、男子生徒を追い払ってしまった。

 銀狼姫の、捕食者のような瞳で冷たく睨まれた者は生きた心地がしない。アレを食らった経験者としては、逃げ出したくなってしまうことに共感できる。


 彼女が、なぜ銀狼姫なのか、詳しく知らない奴は、こうして撃退されてしまう。

 銀狼姫とは、他人に睨みを効かせ孤高に生きる彼女の在り様から取られたネーミングだ。


 そんな最早、誰かを睨んで撃退するという、日常と化したイベントを終えた空野さんが自身の机に戻ってきた。


 銀狼姫の机は、僕の隣。

 入学して直ぐは、彼女のことを怖い女性だと思っていた。

 だけど、本当の空野琥珀さんはそんな女の子ではないことを俺は知っている。


 机についた手の指だけを軽く上げ、トントンと優しく机を叩き始める。音が鳴らないように、けれど確かに。

 普通の人から見れば良く分からない、この行動。そもそも他のクラスメイトは気づいてもいなさそうだ。

 だけど、僕は彼女の指トントンに意味があることを知っている。

 指トントンをある規則性に基づいて、表してみると……。


 ・-- ・--・ ・・-・ ・-- ・--・ -・ 


 モールス信号。短点(・)と長点(-)を組み合わせて文字を表現するものだ。

 これを日本語に直すと……。


《やっちゃった》


 という、彼女の気持ちを表している。

 要するに銀狼姫の空野さんは、モールス信号を使って気持ちを表現する女の子なのだ。

 ちょっと落ち込んでる空野さんに対して、僕も指トントンしてモースル信号を送る。


《へいき?》


 まだ憶えたばかりで拙いモールス信号を指でトントンして、表現する。

 空野さんははにかんだ笑顔を見せて、さっきよりもゆっくりと指をトントンする。


《ありがとう、すき》


 空野さんが放つ唐突な《すき》には毎度の如く、ドキッとさせられる。

 モールス信号を使って会話するとき、空野さんは自分の気持ちを抑えられない。

 恐らく、俺は空野さんに好意を向けられているのだろう。いつも暇さえ無くとも、俺を見ながら《すき》とモールス信号を表現しているから。


 そんな銀狼姫と僕が、今みたいな秘密のやり取りをするようになった経緯には、ちょっとだけ歴史があったりする。


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