22 ここから

 誰かに何か言われた訳ではないし、算段がついていた訳でもないけど――きっと自分はいつか地の神を継いで、世界の為に生きていくのだろうと、漠然とそう信じていた。まるで少年少女が、大人になればみんな働き始めて、結婚して、世帯を持って、老いて死んでいくものだと思い込んでいるように。


 でもいざ地の神を継げないと言われて、初めて自分の浅慮さに直面することとなった。フランツと話して、なりたい姿が自分の中にないことに気づいてしまった。そもそも、僕自身何が好きで、どんな人になりたいのかが分からなかった。


「ムウさんの後継ぎが良かったんです。ムウさんが神様だったから、僕もなりたかっただけです。それが叶わないと分かってしまったから、だから僕は――どうありたいんだろうな。僕って何なんだろうな。っていうのが最近の主な、悩みです」

「認められたかった、というのは?」

「ムウさんが僕を認めてくれて、神の力を継がせてくれたなら、それだけで特別な人っぽいじゃないですか」

「でも実際、神なんか――」

「ただ肉体を失っただけの、世界の道具。ですよね」


 マナを世界に循環させるためだけの機構ポンプのひとつとして、肉体を手放し魂を捧げる。それだけである。価値ある存在だ特別だと人は褒めそやすかもしれないが、それは〝神〟というラベルに対してである。……結局は自己の連続だ。自分が納得できるような人生でなければ意味がない。


 ムウさんが自身の頭の後ろへ手を回し、着けている紫の花飾りを手で撫でる。まるで大切なものを愛でるかのように、壊さないように、そっと。


「私はな、ずっと認めていたよ」


 薄く笑んで、ムウさんは自慢げに語る。


「セドは賢くて良い子だ。きっと、何にでもなれる。地の神だけは無理だったが、素質があれば迷わず継がせただろう」


 声すら出ないほど驚く。僕のことを嘘でもそう思っていてくれたなんて。もうそれだけで、報われたようなもの、当初の目的を果たしてしまったようなものだ。

 なんとか、お礼の声を弱々しく絞り出す。


「ありがとう……ございます」


 いよいよ、本当に空っぽになってしまった。認められたいというちっぽけな願いも、こんなにあっさりと叶ってしまった。もう目指すべきものが何もなくなってしまった、が、充足感で胸がいっぱいだった。



 きっと、ここからなのだろう。




「ムウさんこそ最近、何か考え事をしていたんじゃないですか?」


 浸る感傷から帰ってきた僕は、ムウさんに訊いてみる。自分のことだけ掘り下げられるのはずるい。


「私? 私のことなんてどうでもいいだろ」

「良くないですよ。僕にばっかり話させて」


 ずい、と僕が詰め寄れば、ムウさんがその分だけ身を引く。


「第一、ムウさんは昔の話とか自分の話とか全然しないじゃないですか」

「昔話をするのは年寄りだけだ」


 全く、ああ言えばこう言うんだから。見てくれは幼いが、200年は生きているじゃないか。人間の年寄りよりずっと長寿だし、他人を年寄り呼ばわりする資格はないはずだが。


「教えてくださいよ。なんで神を継いだのか、とか」

「覚えてない」

「嘘ばっかり」

「本当だ」


 よそを向いたまま、ムウさんは繰り返す。


「覚えてないんだ」


 呟くようにそう言った。多分本当に覚えていないのだろう。でも神を継ぐという、人生の大きい分岐点になりえる出来事を忘れるなんて、にわかに信じ難かった。


「気づいたら先代から力を継いでいて、その後180年くらい遊んで暮らしていた。世のため人のため何かをしていた訳でもない」

「本当に遊んでいただけですか」

「食うも寝るも排泄するも、神の体なら全て不要になるからな。力を継いで最初にしたことはあの家を建てたことだ。後は引きこもって、ちょろっと日銭を稼いで、本を買って読んで、の繰り返しだ」


 フ、と懐かしそうに笑う。そしてすぐに、微笑みを崩して、遠くを見やる。


「――私はどうしていたっけな。お前くらいの頃は」


 でもムウさんは幼い姿のままじゃないですか、とは言わない。きっとムウさんが言いたいのはそんなことではなくて、神になった頃の記憶が思い出せないことに不安を抱いているのだろう。そして、もう戻れない過去に思いを馳せたって意味がない、みたいな、そんな諦観の色も見て取れた。


「何故、神は見た目が若い奴らばかりだと思う? ――といっても、まだ二人しか顔を合わせたことがないか」


 唐突に、ムウさんが僕にクイズを出す。神の見た目は、魂のもつ最後の記憶――神を継いだ時の見た目のまま、不変となるという。例えば、火の神は24歳、水の神は20歳、光と闇の神に至っては僕とほぼ同じ歳の見た目だそうだ。高位神は全員働き盛りの歳だ、神継ぎのタイミングによっては、もっと年寄りの神だって居てもいい。暫く首を傾げて、他者から見た時の印象を考えてみる。


「何でしょう。若さゆえの判断力不足に付け込まれたとか?」

「っフ、ハハハ! 確かにな、確かに。そういうやつもいるんだろうな、フフ」


 声を上げ、足をバタバタさせて笑うムウさんをじろっと睨む。そんな変なことを言っただろうか。


「――人の身だったときのことを全て〝なかったこと〟にされるからだよ」


 困惑する僕をよそに、笑いすぎて涙まで流している。目尻を拭いながら、でもそうだよなあ、ガキに甘い言葉で惑わすって方が正解っぽいよなあ、じゃなきゃ私なんか選ばないよな。と続ける。そんなに面白かったのだろうか、まだ思い出し笑いをしている。


「なかったこと、って。どういうことですか」


 クツクツと笑いながら、トン、とムウさんが小さな人差し指で、僕の胸を小突く。


「そいつは最初から存在していなかった、と。そういう世界になってしまうんだ」

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また巡り、陽だまりとなれ アストロ @astronox

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