21 何もない
ご機嫌そうなムウさんのあとをついていき、露店の並びから外れた木陰に腰を下ろす。ムウさんがごそごそと袋の奥に手を入れて取り出したのは
「気に入るか分からんが。セドはこうやって、祭りを思い切り楽しむのが好きそうだと思ってな」
「あは、よくご存知で。僕もちょうど、ムウさんのために飾りを買ったところです」
「え? 私は別に……」
「いいからいいから。きっと似合いますよ」
僕も袋から先ほど買った生花飾りを取り出す。ムウさんが目を見開き、ほう、と息を漏らす。気に入ってもらえただろうか。返事を待つことなく、目線を合わせ、ムウさんの顔のすぐそばまで自分の顔を寄せる。
その深緑の髪の隙間に僕の指を通し、滑らせ、頭の後ろへ髪飾りをぱちり、ぱちりと留めていく。頭に触れられるのに慣れていないのだろうか、ムウさんはか細い息で深呼吸を繰り返しているのが聞こえた。耳飾りも金具の具合を確認してから、両耳へ丁寧に付けていく。その長く尖った耳に僕の指先が触れるたび、くすぐったそうに目を細め、軽く身をよじる。ふわふわのまつ毛が、飾りと同じ紫色の瞳を隠してしまう。
飾りをひととおり着け終えて、体を離して眺めてみれば、普段よりぐっと華やかなムウさんの姿があった。想像以上に似合っており、口元が緩んでしまう。対するムウさんは不服そうな顔をして目を逸らしている。
「身に着けるくらい自分でできるのだが」
「じゃあ僕も、ムウさんが選んでくれた飾りを着けましょうか」
そう言ってムウさんの手から飾りを受け取ろうとするが、ひょいと取り上げられてしまう。
「おい、逃げる気か? お前も頭を貸せ」
目の横を小さな手のひらで掴まれ、ぐっと引き寄せられる。
そのまま結わえていた髪を解かれ、ムウさんの手ぐしで整えられる。なるほど、これは確かにむずむずする。それに僕がムウさんに髪飾りを着けて差し上げるのは普通だが、ムウさんが僕に、というのはちょっと絵面がまずいのではないだろうか。少女に遊ばれる成人男性の様子など、あまり人に見せられたものではない。
ムウさんは淡々と、僕の左耳の上あたりから器用に髪を編んでいく。編まれた髪は他の毛束とひとまとめにされ、また元のように結わえられる。そして、ムウさんの選んだ
「器用、ですね」
「伊達に長く生きてないからな」
怪訝そうな表情をしてみせれば、ムウさんは瞳だけを明後日の方へ向けた。そしてどちらが話し出すでもなく、同時に目を合わせては、ちょっとおかしくて二人で笑ってしまった。
「似合ってるよ」
「ムウさんも」
――さやさやと吹く風を受けて、互いの飾りが揺れる。座り直して今来た道に目を向ければ、変わらず多くの人の往来が見える。
「なあ、セド」
ムウさんはこちらを振り向くことなく、普段の調子で僕を呼んだ。
「何でしょう」
「悩みでもあるのか」
本当に、ごく淡々と。天気や仕事の話でもするかのように、いつも通りに、触れなければならない話に触れられてしまった。癖で話題を逸らしかけるが、僕も向き合うと決めたのだ。襟を正して、自分なりに言葉を紡ぐ。
「……神になりたかったんです。でも、なんでなりたかったのか、よく分からなくなっちゃって」
「ああ」
「ムウさんの側でずっと、居たくて。それを支えに頑張ってきたんです。全部」
「……ああ」
「でもいざその力を僅かながら手にして――風の神力を人間の姿で使えるようになって、ゼファ様の話を聞いて……神様ってもっと凄くて圧倒的なものだと思っていました。はじめは、ムウさんが用いないその力を、僕が代わりに、というか、えっと……」
かなり失礼なことを言っているかもしれないが、一度切った堰から出る想いはその勢いを落としてくれない。ムウさんは黙って頷いて、体ごと向き合ってくれる。
「……ムウさんに後継者として、認められ、たかった」
僕の表情からはすっかりと笑顔が抜け落ちていることだろう。相対するムウさんは表情ひとつ変えることなく、そうか、と答えた。
突然、我に返る。楽しい祭りの場には相応しくない話ばかりしてしまった。また普段通りの笑みを浮かべて、他の露店も見てみるよう促そうとする。
「――なんて! ほら、大した悩みじゃないんですよ。そりゃ周りがみな独り立ちして働きに出てるのに、僕は育ての親とずっといるとかね、そんなの色々考えちゃうじゃないですか。さあ、あちらに楽しそうな――」
「セド」
たしなめるように、また名前を呼ばれた。うまく笑えていない気がして、不安でいっぱいになる。
「……はい」
「お前の人生を私で縛りつけて、悪かった」
「えっ」
ムウさんが額に手を当てて、軽く俯く。何も謝ることなどないのに、小さい体をさらに小さくさせて謝罪の言葉を口にした。
「したいことや、他になりたいものがあるなら、やってみればいい。私が居ることで、その機会を奪ってしまっていたなら、すまない」
本当に落ち込んでいる時のように、消え入りそうな声で伝える。そのどれもが的外れで、でも沢山考えて伝えようとしてくれたことが分かって、ムウさんも神だけど――人らしいな、と思った。
僕は大きく伸びをして、枝葉の向こうの空を仰ぐ。さっきよりも雲は厚いが、ところどころ透けて明るい。
「違うんです。僕ね、何もないんです」
ムウさんが顔をあげて、こちらの顔色を伺う。大丈夫ですよ、と目配せしてから、また空を見る。
「したいこと。なりたいもの。なくなっちゃいました、というか。きっと最初からなかったんです」
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