15 四大元素

 四大元素と呼ばれる火・水・地・風――便宜上そう呼ばれているだけの各種マナの、それぞれの特性はおよそ2つの要素の組み合わせから構成される。

「拡散するか・収束するか」、「エネルギーを受け取るか・与えるか」の、組み合わせのひとつひとつが四大元素に当てはめられる。


 ――収束し、エネルギーを与えるマナ特性が火。

 ――拡散し、エネルギーを受け取るマナ特性が水。

 ――収束し、エネルギーを受け取るマナ特性が地。

 ――そして、拡散し、エネルギーを与えるマナ特性が風。


 これより、風のマナについて正しく説明しようとするとき、風を起こすためのもの――と表現するのは適切でない。風のマナはもとより空気中に広く分布し、常に周囲の空気の動き方に影響を及ぼしているために、マナの形が変えられれば、周囲の空気も引っ張られる――結果的に風が起こると表現するのが正しい、らしい。


 

 ……長々と抽象的で難解な話をされた。正直、何の話をしているのかさっぱりわからない。だけどこれを理解できていると、より直感的に神力を扱えるようになるという。


「簡単に言えば、口の中に入った髪の毛を引っ張り出すと、唾液もついてくるようなものだ」

「もうちょっとマシな例えはなかったのですか」


 引っ張れば、周りがついてくる。マナの帯を手繰ったり揺らしたりすれば、周りの空気はその動きに倣って動く。つまりは、そういうことで、そんな感じらしい。


 ああそうか、マナの帯を掴んで動かすというよりも、その端を引っかけてずらす、とか。感覚的な閃きを得て、僕はまた、その場でトントンと小刻みに跳ぶ。タイミングを図るように、呼吸も一緒に刻む。


 (今!)


 近くに滞空していたマナを引っ掛け、足元へ寄せるイメージ。うまく帯の上に乗ることができ、またマナの勢いがつきすぎることなく、転倒せずに済む。それから間髪入れずに、さらに上昇気流を起こすために、二層目のマナを上へ引っ張り上げる。


 ぶわ、と足元から風が吹き上げ、砂塵が舞う。そして浮遊する感覚がしたかと思えば、ゼファ様の目線と同じくらいの場所まで体が持ち上がっていることに気づく。


「あっ! やった! 飛べ、まし――うわっ!」


 喜びも束の間、うまく制御できずにまた空中でぐるんと回り、転落してしまう。


「最後まで気を抜くな」


 安定して宙に浮き続けるためには、絶えずマナを操作し続ける必要がある。にもかかわらず、うっかり集中を切らしてしまった。しかしやっと体を浮かせられたので、悔しさよりも今は達成感のほうが大きい。身を起さず、そのまま地面に大の字になる。気持ちが高揚して、笑みがこぼれた。


「本当に、僕でも神力を扱えるのですね」

「昔はもっと、多くの人間が扱えていたのだがな。5、6人に1人は何らかのマナを操作できていた」


 それでも、お主ほど習得が早く高度に扱える者は当時でもいないだろう、と言われた。これが適性とやらによるものか。

 その後も何度か宙に浮くのを試して、庭の端から端までゆっくり移動できるようになったところで、今日はおしまいとなった。ここ数日の訓練で一番集中を要した日だったので、倦怠感が強い。回らない頭を押さえたまま、夕食の準備へ向かった。



 夕食後、いつもゼファ様は書斎に籠られるが、今日は珍しく居間にいた。様子を伺っていると、ゼファ様と目が合う。こちらへ来いと黙って手招きをされたので、促されるまま、僕はゼファ様の向かいに座る。


「一冊、訳を終えた。読むか?」

「え? あ、ありがとうございます」


 ゼファ様が書いたと思われる紙束を受け取り、一枚ずつめくって目を通す。軽さのある筆致だが、きちんと字の特徴が捉えられていて読みやすい。


「これは、以前に配達された依頼の本ですよね。1週間ほど前に受け取ったのに、もう終わったのですか」

「お主が活かせそうな部分だけ抜粋しておる。全文必要ならまた言うてくれ」


 よく読めば、一般的な園芸や農作の指南書ではなく、滋養に優れた植物の育て方について書かれていた。挿絵などはなく、訳した文のみ読んでいるので詳しくはわからないが、いくつか知った植物について記述があった。


「薬草の類について書かれてる。僕、薬師見習いなので、すごく勉強になります」

「分かるのか。そう、ここが聞いたことのない名の植物でな、とりあえずそのまま名を書いたのだが」

「ルウェンゼ、か。熱冷ましで赤白の実をつける植物といえば……今でいうエルネゼでしょうね。語感も似ていますし」

「そうかそうか。有識者がおると面白いな」


 他のページも捲って、読む。今までに扱ったことのある薬草の数々。現代知識と異なる点を伝えながら読み進めれば、興味深そうな顔をして耳を傾けてくれる。


 その様子を見て、ふと、ここ数日の生活で気になったことを聞いてみた。


「ゼファ様って、本当に人がお嫌いなのですか」

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