8 眩しく

 駅を出発した急行車は、それから止まることはなかった。


 相変わらず青年と会話をして時間を潰したが、もう過去や生い立ちはほとんど話さなかった。代わりに、アイドレールに到着した後の予定、将来の夢ややりたいこと、そんなことを話していた。


「若い奴らってみんな金物や宝石が好きだろ。革なんて古くせえってさ。俺、そういう奴をびっくりさせるようなモン作りてえんだよ」

「日用品じゃなくて、あくまでアクセサリーの類をやるのかい?」

「食ってくためにはどっちも作るぜ。ベルト一本にも手は抜かねえよ。だけど、新しいモンを世に出してえって思う」

「きっとできるよ。その時は僕にも見せてね」


 屈託なく笑う彼がすごく眩しく見えた。やりたいことや目指すべきことが明確で、ちょっと羨ましい。夢が叶わないことが分かった今、僕はあまりにも、空っぽだった。


 斜陽が木々を照らし、長く暗い影が道を塗りつぶす。向こうの空には星がちらちらと見えた。冷えた風が窓の隙間から入る。明日も晴れるようだ。


「そういえば! 名前、聞いてなかった!」


 青年が突然大きな声を出したので、現実に引き戻される。そうだ、僕たちはこれだけお互いのことを話しているにもかかわらず、名前ひとつ知りやしないじゃないか! 言われて初めて気づいて、思わず声を上げて笑ってしまった。


「あははは! ほんとだ、忘れてた。――僕は、セド」

「フランツだ」


 改めて宜しく、と握手を交わした。



 ・ ・ ・



 じゃあまたな、と手を振り合って、終わり。目的地に着けば、あっさりとした別れだ。お互い別々の門兵に通行証を見せて、滞在者であることを表すリストバンドを渡され、身につける。――フランツとは、また会えるといいな。


 普段ならもう寝ている時間だ。せっかく大きな街に着いたものだし、料理店で夕食を取りたいところだが、どうせこの時間なら、どこも閉店しているだろう。明日に備えて宿を探すか。そう思い、高い石造りの壁に取り付けられた門の前に行く。


 しばらくすると、門兵たちがゆっくりと門を開ける。ギギギと重い音を響かせながら、狭い隙間をすこしずつ広げていく。我先にと入り込む人波に続いて、自分も足を踏み入れた。



「うわあ――」



 初めて降り立った都会は、夜が深いにもかかわらず、あちこちで灯りが点き、賑やかな声が聞こえる。まっすぐに伸びる通りに人が行き交う。田舎暮らしでは到底考えられない光景に息を呑む。あのまま山奥にいたら、一生見られなかった。


 しばらく見とれていると、ぽん、と肩を叩かれる。


「ああ、急行車の車掌さん。この度はありがとうございました」

「礼を言うのはこちらだよ。怪我の猪は、到着しても興奮していたから薬で眠らせてある。獣医いわく、しばらく安静にしていたら治る、とさ」

「そうですか。それはよかった」


 命に別状はなさそうでほっとする。無意識のうちにあの猪のことをかなり心配していたのかもしれない、報せを聞いて肩が軽くなった気がした。


「あの狼も同じく獣医が引き取っていったよ。――それよりも君は何者だ? あの傷では普通動けない、と言っていたぞ」

「ただの人間専門の見習い薬師です。動物相手は初めてでしたが、何とかうまくやれたようで」


 笑顔で会釈して、背を向けようとしたところでまた呼び止められる。


「待ってくれ。なにかお礼をさせてほしい」

「え? あー……じゃあ、安めの宿を紹介してほしいです」

「――おう、お安い御用だ」


 車掌さんは少し悩んだものの、了承してくれる。手に持った地図以外、何もこの街のことを知らない。物価も作法も知らないので、困った時はより詳しい人に聞くのが確実だ。

 客車という寝るには向かない環境下で二晩過ごしたため、酷く疲れていた。夜の街をもっと見て回りたい気持ちはあったが、もう早く寝てしまいたい。それに、明日もある。


 こっちだ、と呼びかけられるので着いていく。奥へ進むにつれ、だんだんときらびやかというか、豪華になっていく気がする。……あれ?


「あの、安い宿って……」

「大丈夫大丈夫。ほら、そこの道を少し入ったところだ」


 どの建物も窓に曇りひとつない。黒くつるつるの石の床を横切り、家よりずっと高い建物の傍を抜ける。宝石を纏ったようなランプ――シャンデリア、というのだったか? を幾つも飾った入口を見て、思わず背筋が伸びる。エントランスはこちら、と案内板があるが、都会の宿は入口のことをわざわざそう呼称するのかと感嘆する。


「さあ、入るぞ」

「え?」


 チラチラとシャンデリアの光が視界で弾ける。――こんな場所、安宿のはずがない! 都会は怖いというのは本当だったらしい。ごめんなさい、ムウさん。僕は悪い人に騙されたらしいのです。呆然としていたら、どこかへ行っていた車掌さんがこちらへと戻ってくる。


「ほら、部屋の鍵だ。……急行車が無事完走できたのは本当に有難いことなんだよ。運賃もしっかり貰えたし、乗客は皆喜んでいる。宿代くらい払わせてくれ」

「え!? そんな、悪いです」

「じゃ、良い夜を。おやすみ。また会うことがあったらよろしくな」


 きらきらした場所にひとり、置いていかれてしまう。本当に代金が払われてしまったのか、受付の初老の男性に尋ねると、丁寧に肯定された。男性は恭しく僕の荷物を預かっては、前を歩いて部屋まで先導してくれた。

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