また巡り、陽だまりとなれ
アストロ
1 継げない
享世1587. 5. 7
「無理だ。お前には継げない」
ムウさんは普段の調子で、なんでもないことのように言った。
僕がどれだけの、どれだけの勇気を振り絞ったかなんて知らないで! 悔しくて、自分に何が足りないのか分からず情けなくて、奥歯が壊れそうなほど食いしばった。そうして焼ける喉をなんとか抑えて、疑問を歯の隙間から紡いだ。
「……僕、が。未熟だからですか」
「違う。素質がない。成れない者は努力しても成れない」
「なぜ!」
「もとよりの素質がないと言っている。お前はそういう〝つくり〟になっていない」
「ずっと一緒にいたじゃないですか! 何年も!」
「だからだ。これだけ長い付き合いで世辞のひとつも出んのだよ。……少し頭を冷やせ」
そう言い残してムウさんは実験室を出ていった。
扉が閉まるのを呆然と見届けると、崩れ、へたり込み、額を床へ叩きつけた。ひんやりとした床に身体を預けて半刻ごろ経ったくらいか、だんだんと実感が湧いてきて、ああいつぶりだ、声をあげて泣いたのは。
飽きるほど嗚咽を漏らしたら、なんだかどっと疲れてしまい、そのままゆるやかに意識を手放していく。まだ熱い頬や耳が涙の池にひたる。目が乾いてすこし痛い。
(僕の、一度しかない成人の誕生日だったのに)
足腰に力が入らない。なけなしの体温を逃がすまいと、体を軋ませながら折りたたむ。
(何年も頑張ってきたのに。今すぐというわけでもないのに)
ひとり残された実験室はとても静かだった。ひっく、ひっくとしゃくり上げる声がかすかに反響する。外は小雨が降っており、鳥の声すら聴こえなかった。
(ムウさんの神の力を、僕は永遠に継げないのか)
そこからの記憶はない。
・ ・ ・
目を開けると、向こうに陽だまりが落ちているのが見えた。窓からはやわらかな光が差し込んでいる。いつの間にか外は晴れたらしい。
固い床で寝てしまっていたので、あちこちが痛い。しかしいつまでもこうしていられない。やっと体を起こしたところで、自分に毛布が掛けられているのに気付く。……ムウさんが僕を気に掛けるなんて珍しいこともあるものだ。
ぼんやりした頭でこのあとどうするか考えていたところ、キィ、と実験室のドアが開けられた。ぺたぺたとこちらに向かう足音と、長いスカートの裾を引きずる音。
「起きたか」
ムウさんがこちらを見下ろしている。10歳くらいの
「きれいですね」
「何を言っている?」
「情けない姿をお見せし、すみません」
「気にするな」
ムウさんはくるりと背を向けると、適当に幾つかの本を開き、並べながら、実験器具や蒸留水を取り出し、あっちへ置いたりこっちへ運んだり、仕舞ったりし始めた。仕事をしようとしているが、おおかた僕の酷い様相を見て困惑したのだろう。
「……僕なら大丈夫です。ほら」
彼女から見えはしないものの、にこり、と笑って見せた。頬の表面が、乾いた涙のせいで貼り付くような感覚がする。
その間にもムウさんはランプを焚き、耐熱容器へ水を注ぎ、火にかけていた。近くにあった踏み台を抱えて、また別の机の前に行き、ムウさんの頭よりもうんと高い位置にある戸棚から乾薬草をいくつか取り出す。それらを容器に放り込み、煮出していく。この間、薄明るい実験室にカチャカチャと操作の音が響き続けた。
「こいつが出来たら話をしよう」
「もう大丈夫、いいんですよ。もう。……無理なんですよね? 普通の人間の僕が、ムウさんの力を継いで、地の神様になるなんて」
何も答えない。小さい手が、湧いた湯を火から下ろし、蓋をした。
「セド」
振り返って、僕の名を呼ぶ。何かを訴えるような雰囲気に、少し気圧される。
「なぜ神を継ぎたい」
決まっている。
「――ムウさんが死ぬその時まで、ずっと側に居たいからです」
次の瞬間、ムウさんは腰を抜かして崩れ落ちていた。口をあんぐり開けて、ああ? みたいな、聞いたことのない声を出していた。
「お、おまえ、セド、何を急に」
「変な事言いましたか? 僕がムウさんを愛しているのは当たり前でしょう」
「何を言っている!?」
珍しく、ムウさんがたいそう大きな声を出した。
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