第21話 魔法のリップ
※彩音視点に戻ります※
翌日、学校が終われば教室に4人で残った。卒業旅行の予定を立てる為に。
「1時間かけて来るのに、卒業式の練習の為だけに登校って、何だかなぁ」
受験を済ませた学生の方が、いよいよ多くなってきた。だからか、学校も卒業式の練習だけで終わり。
ただ、最後の最後に卒業試験ならぬ学期末試験が待ち受けてはいるが……。
「で? 卒業旅行の計画でしょ? どこ行くの?」
朱音が言えば、藤井君が得意げに言った。
「広島といえば、やっぱ宮島じゃろ!」
「だと思った」
朱音は一気にやる気がなくなった模様。スマホをつつきだした。
「おい、宮島なめんなよ!」
「世界文化遺産をなめるわけないでしょ。けど、もう飽きちゃったなぁ……って」
「それをなめとるって言うんじゃ」
朱音は藤井君を信じないと言いつつも、側から見れば、朱音と藤井君は仲が良い。
ただ、そんな仲の良い2人を嫉妬してしまう自分がいたりする。
(お姉ちゃんは、わたしのやのに)
ムッとしながら見ていると、吉田君がパンフレットを机の上に並べた。
「宮島も良いけど、せっかくじゃけん尾道行こうや」
「尾道?」
「あ、俺。尾道ラーメン食べたい!」
尾道も観光名所ではあるが、わたし達の住んでいる場所からはかなり遠い。
朱音はスマホを収めてパンフレットを広げた。興味が湧いたようだ。
「田舎じゃけど意外に風情があって良いんよ。時期的に、ギリ千光寺の桜咲いてないかもじゃけど……ちょっと遠い方が旅行っぽくない?」
「確かに。えっと、尾道だと……電車で2時間くらい?」
泊まりなら電車でのんびりも悪くはない。
「電車も良いけど、荷物があって大変じゃけん車が良いかなぁって」
「え、車って……誰か親が付いてくる感じ?」
卒業旅行なのに残念すぎる。しかし、親がついてくれば、さすがの朱音も変なゲームをしようなんて言わないはず。
昨日の画像を思い出さないように一点凝視して気を散らしていたら、吉田君が藤井君に言った。
「藤井君、お願いね」
「え、俺!?」
「藤井君、早々に大学受験終わらせて免許取りに行っとったじゃろ」
「へぇ、藤井君。さすが」
褒めれば、藤井君が照れた。
「へへ……そんな大したことは」
「やっぱ藤井君って使えるね」
朱音の一言で、藤井君はムッとする。
百面相を見ているようで面白い。
「で、泊まる場所だけど、コスト考えたらこっちの方が良いかなって」
吉田君がスマホを見せて来た。わたし達3人でそれを覗き込む。
「わぁ、綺麗やん! 安くてこんな綺麗なとこ泊まれるやなんて最高やね……って、藤井君?」
顔をあげて朱音と藤井君を見ると、朱音の姿しか無かった。
「あれ? 藤井君は?」
キョロキョロと教室を見渡せば、藤井君は床に蹲っていた。
「だ、大丈夫? 鼻血出てるやん! はい、ティッシュ」
ティッシュを差し出せば、藤井君は静かにそれを受け取った。
「急にどうしたんやろね」
藤井君の背中をさすっていると、朱音は吉田君に言った。
「もちろん、部屋は男女別よね?」
「当たり前じゃろ。あくまでもコストを考えての提案じゃけん」
「なら問題ないわ」
「お姉ちゃん? このホテル何かあるの?」
「彩音、ここラブホよ」
「え!?」
わたしは藤井君の横で蹲りたくなった。
「あ、え、あ、そ」
動転しすぎて、上手く言葉が出てこない。
吉田君は宥めるように、わたしに言った。
「安心して。最近は女子会出来たり、色んなニーズがあるんよ。高校卒業してたら入れるけん、問題ないよ」
「そ、そうなんやね」
何とか喋れるようになったわたしの頬を朱音が優しく撫でた。
「なに彩音。もしかしてエッチなこと想像してたん?」
「いや……そんな訳ないやん」
物凄く想像してしまった。朱音とのあんなことやこんなこと。
「ちょ、俺。トイレ行ってくるわ」
藤井君は教室を出た。
それを見た朱音は、思い出したようにわたしから手を離した。
「あたし、藤井君に聞きたいことあってん。ちょこっと行ってくるな」
「う、うん」
それは、トイレから戻ってからではダメな話なのだろうか。
吉田君は呆れ気味に言った。
「藤井君、初心すぎるじゃろ。ねぇ?」
「そ、そうかな?」
「もしかして藤井君ってファーストキスもまだなんかね?」
「さ、さぁ」
「え……もしかして小鳥遊さんも!?」
「そ、そんな訳ないじゃん」
てことは、吉田君はファーストキスを済ませているのか。人は見た目によらない。
「小鳥遊さん」
吉田君が立ち上がって、わたしの隣に座った。そして向かい合う。
「えっと……何?」
「渡そうか悩んだんだけど、せっかく買ったから」
小さな可愛らしい包みを手渡された。
「ちょっと早いけど、ヴァレンタインのお返し」
「え、でも、あれは……」
「小鳥遊さんがくれたんでしょ?」
「ま、まぁ……物理的には。って、バレてたんだ」
「僕が2人を見分けれんかったことなんてないじゃろ」
「だね。えっと、開けて良い?」
吉田君はこくりと頷いた。
包みを丁寧に開ければ——。
「リップ?」
「うん。これ魔法のリップなんよ」
「ふふ、何それ」
「このリップを付けたら、思わずキスしたくなるような唇になるんだって」
「へ、へぇ。ぷるんぷるんになるのかな」
テキトーに返せば、吉田君が前のめりになって言った。
「いや、ほんまなんよ。嘘だと思うなら、たちまち朱音さんの前で塗ってみ。双子の姉妹なら問題ないじゃろ」
「ま、まぁ……」
今のわたしは、漫画の影響力が強すぎて双子姉妹の方がアウトな気がする。
「ほんとはさ、2人お揃いの下着にしようかと思いよったんじゃけど」
「下着!?」
「こんなやつ」
吉田君はスマホでささっと検索し、画面を見せて来た。そこには、真っ赤なエロい下着が映し出されている。
それを見たわたしの顔も、そこの下着のように真っ赤になった。
「でもさ、さすがにサイズがね」
「はは……」
サイズが分かっていれば買ったのか、吉田君。
「よ、吉田君、なんか性格変わった?」
何だか、わたしの好きだった吉田君像が壊れていく。いや、これはこれで面白かったりするが。
「変わったっていうか……吹っ切れたっていうか。誰だって好きな人の前じゃ猫被るじゃろ」
「なるほど」
「何ならここでリップ使う? 僕なら大歓迎だよ」
「え!?」
吉田君は、儚げな表情で言った。
「僕、ほんまに小鳥遊さんのこと好きだったんよ」
「吉田君」
「何でこの間、あんなこと言ったん?」
わたしが告白したことだろう。
「あれは、ごめん」
そういえば、ヴァレンタインでわたしがチョコを渡したのがバレている。つまりは、吉田君の立場では、わたしが吉田君に告白。この間のは、吉田君は返事を返しただけ?
あれ? よく分からなくなってきた。
ただ、ひとつ言えることがあるならば、わたしは朱音しか信じないと決めている。これ以上考えるのをやめよう。
「吉田君、あのさ」
「まぁ、僕には高嶺の花だったってことじゃね。あ、2人が戻ってきたみたい」
朱音と藤井君の声が聞こえて来た。
「藤井君、トイレ行かんで大丈夫なん?」
「うっさいわ。お前がずっと話しかけてくるからじゃろ」
「なぁなぁ、藤井君。あたしが手伝ってあげよっか?」
朱音が藤井君で遊んでいると、吉田君は哀れみの目で藤井君を見ていた。
「朱音さんも酷なことするよね」
「酷なこと?」
「藤井君、賢者タイムに入れんかったみたい」
「賢者……? なにそれ」
良く分からないが、藤井君はその後、早々と帰宅した。
◇◇◇◇
そして、帰宅してすぐにリップを塗ってみた。
「ほんまや、めっちゃぷるっぷるになった。いや、お姉ちゃんとキスしたいとかやないで。試しに、試しに塗ってみただけや」
手鏡を見ながら独り言を言っていると、朱音が部屋に入って来た。そして、わたしの横にストンと座る。
「そろそろ学期末試験の勉強しないとね」
「そ、そうだね」
無駄に緊張してしまう。
わたしは朱音に倣って、机の上に勉強道具を広げた。
「あれ? 彩音?」
「ん、何?」
朱音にまじまじと見られてやや照れる。そして、気付いたことが……。
「お姉ちゃんも吉田君から貰ったの?」
「てことは、やっぱり? 彩音も?」
「うん。なんか、魔法のリップとか言ってたよね」
「あたしには、自宅でのケアに使ってって言ってたけど。『魔法のリップ』って何?」
「思わずキスしたくなるようなって……」
自分で言って恥ずかしくなってきた。
「え、彩音。もしかして、キスされたいん?」
「いや、そんなこと……」
朱音が真っ直ぐに見つめてきたが、わたしは目を泳がせた。
「えっと、キスってどんなんなんかな。とかいう興味はあったりせんこともないけど……って、わたし何言うてんのやろ」
「試しにやってみる?」
「え」
「卒業旅行の練習かねて」
「練習って……」
「じゃ、ぶっつけ本番がええの?」
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