第10話 藤井君の好感度爆下がり

 翌朝には熱が下がっていた。


「昨日の熱は何だったんだろうね。咳と鼻水も出てないし」


「知恵熱ってやつね。彩音、ヴァレンタインで色々頭悩ませてたでしょ」


「確かに……あるかも」


 ちなみに、家では関西弁で良いのだが、関西弁ばかりで話していたら標準語で話せなくなりそうなので、家でもこうやって標準語で話すことはしばしば。


「まぁ、学校行ったら落ち着かないし、丁度良かったかも」


「そうね」


「さぁ、ラストスパート頑張ろう!」


 と言う具合に、5日後の受験当日までは勉強に集中。集中……と。


 ピロリン。


 朱音のスマホが鳴った。


 ピロリン、ピロリン。


 まただ。ラインの受信音。


 朱音はチラリと画面を見てから、机の端の方に置いた。


「返信しなくて良いの?」


「うん」


 朱音は黙々と過去問を解き始めた。遅れてわたしも過去問に手をつけた——。


◇◇◇◇


 勉強すること1時間。


「あー、もう疲れた」


 わたしの集中力は、切れてしまった。


 朱音は、まだまだ大丈夫そう。同じ双子なのに、授業の成績は朱音の方が上だから、劣等感を感じたりする。


「ん? 彩音、休憩する?」

 

「うん。少しだけ」


 朱音はスマホをいじり、それを机の上に置いてから立ち上がった。


「じゃあ、あたし飲み物取ってくるよ。彩音、何が良い?」


「ミルクティー」


「了解」


 パタンと扉が閉まれば、部屋の中はシンと静まり返った。


 1人になったわたしは、解いた分の過去問の答え合わせをすることにした。


「えっと……これは正解。これも……うん。順調、順調」


 数ヶ月前に同じ問題を解いた時は、不正解の方が多かったのに、今では丸の数の方が多くなっている。


 これだけ丸が多いと、モチベーションも上がるというものだ。


 ピロリン。


「また、お姉ちゃんのスマホだ……ん?」


 机の上に置いてあるから、液晶画面に表示された名前が自然と目に入ってしまった。


 そこには、“藤井君”と書かれている。


「藤井君って、あの藤井君? わたしも連絡先交換してないのに、どうしてお姉ちゃんが……」


 何だかモヤッとしてしまう。しかも、見たくもないのに内容まで見えてしまう始末。


 “昨日のことで話がしたい”


 昨日のこと……朱音は藤井君と随分と長く話をしていた。そして、帰ってきた朱音の様子は、どこかおかしかった。


 気になる。昨日何があったのか、非常に気になる。


 モヤモヤしていると、朱音が飲み物とクッキーを持って戻ってきた。


「オヤツもこっそり持って来ちゃった。お母さんに内緒ね」


「うん、ありがとう」


 内緒にはするが、母はすぐに気付くので無意味であるのは互いに知っている。


 そんなことより……。


「お姉ちゃん」


「何?」


「お姉ちゃん、藤井君とラインしてんの?」


「あー……」


 朱音はバツが悪そうにスマホを自身のポケットの中に入れた。


「藤井君と付き合ってる訳じゃないし、別にお姉ちゃんが誰とラインしようが関係ないんだけどさ」


 強がりながらも、やや不機嫌になってしまう自分がいる。


 朱音は、わたしの隣に座って言いにくそうに謝罪した。

 

「彩音、ごめんね」


「別に良いって言ってるじゃん」


「でも、仕方なかったの」


「仕方ない?」


「藤井君がね……」


 言葉を詰まらせた朱音は、躊躇いながらわたしの手をそっと握った。


「受験が終わってからにしようと思ってたんだけど……気になって逆に集中出来ないよね?」


「うん、出来ひんな。これっぽっちも」


「軽蔑はしても良いけど、驚かないで聞いて欲しいねん」


(何やねん、その前フリは。『軽蔑はして良いけど』って、思わず吹き出しそうになったやないか)


 表情筋を引き締めて、朱音の言葉を待った。


「藤井君ね、昨日あたしに告ってきてん」


「……は?」


「ほんま、意味わからんやんね。あたしだって呆れてんけど、どうやら藤井君は、あたしら双子やったらどっちでもええねんて」


「……」


 ショックのあまり声にならない。


「あたしが彩音の代わりに藤井君に告られたやん? で、塩対応すぎたらしくて、これはもうフラれたって思ってんて」


「せやから、すぐ乗り換えたん? ホワイトデーまで返事待て言うたの藤井君やで?」


「せやねん。あたしもそれ言ってんけど、ホワイトデーまで待ったらすぐ卒業やから、待てへんかったみたいや」


「最低やな……」


 藤井君への好感度は下がった。


「あたしは吉田君が好きやし、断ってんけど、そしたら逆上しだして……」


「藤井君、ほんま最低やん」


「もしかして、お姉ちゃん。わたしがショック受けるの気にして……?」


 朱音は涙目になりながら、小さく頷いた。


「彩音に余計なこと言われたくなかったら、ライン交換しろって」


「それ、もう脅迫やん。犯罪やん」


 朱音の前フリ通り、わたしは藤井君を軽蔑した。好感度は爆下がり。今後、藤井に君を付けるのもやめようと思った。


「ついでに言うとな、これ藤井君が初めてやないんやって」


「は?」


 朱音は、わたしが知らなかった男からの告白の秘話について全て話してくれた——。

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