やあ、こんにちは、私。

 ふふふ、私が私に手紙を書くというのは、少し奇妙だね。

 それに、私と呼ぶのは混乱しそうだ、貴方と呼ぶことにしよう。


 さて、目覚めはどうだった? 気分が悪くないかい? 頭痛はしていないかい?

 棚の上に、超長期保存可能な水筒があるから、まずは水分を補給しておくといい。


 まず最初に確認させてほしい、貴方はこれまでの記憶が残っているだろうか?

 もし、この部屋がどこなのか分からないのなら、記憶を失っている状態だ。この部屋は、コールドスリープ機能が備わった高機能シェルターとなっている。


 貴方は、コールドスリープで長期間眠っていたというわけだ。しかし、コールドスリープにはひとつ問題もあってね。目覚めた後、人によっては、記憶障害が生じることがあるんだ。でも、ほとんどの場合、時間と共に記憶は蘇るので、それほど心配する必要はないよ。


 もし今、貴方にこれまでの記憶があれば、この手紙を読む必要はない。何を書いているかを覚えているだろうからね。


 でも、もし記憶がない場合は、この手紙をじっくり読んで、少しずつ記憶を取り戻してほしい。私はね、正直に言うと、後者であってほしいと願っている。なぜなら、記憶を失うなんて貴重な体験は、なかなかできるものではないからね。


 コールドスリープによる記憶障害に陥った場合、脳を活性化させることで、記憶の回復が早まるという報告もあるようだ。そこで私は考えた。それであれば、ちょっとした謎解きを用意しようと。貴方はうまく解けたかな? まあ、使い古された古典的な手法だから、簡単に解けてしまったかもしれないね。


 それでもね、記憶障害があると、思考能力が低下する可能性もあるようだ。もし謎解きに失敗してしまった場合もちゃんと考えている。貴方が起きて一定時間が経過すれば、鍵のかかった引き出しは自動的にロック解除されるようにしてあるから。


 さて、次に、なぜシェルターにいるのか、という点だ。

 それは、我々人類が未曾有の危機に直面したからだ。異常気象が世界中で頻繁に発生し、極端な気温上昇が続いた結果、平均気温が60度を超える地域が増え、熱中症による犠牲が増大した。一方で、極寒の地域も広がった。平均気温がマイナス60度を下回り、南極のように氷に支配された場所が増え、低体温症による犠牲もまた増加した。やがて、人々は安住の地を求めて世界的な争いを繰り広げるようになった。


 一部の人々は、現代の時代を捨て、未来に希望を託すことを決意した。コールドスリープで長期間の眠りに身を委ね、迫る危機を回避する道を選んだ。私もその選択をした一人ということだ。


 通常、そう考えた多くの人々は集合シェルターに避難している。ただ、集合シェルターですら、この国の平均年収の10倍ほどの費用がかかるからね。そう簡単に手を出せるものではないんだよ。だけど、私はひと財産を築いたおかげで、自ら経営する会社の自社ビルの地下に、特別な専用シェルターを設けることができた。どうだい、私が金持ちで良かっただろ。


 次に、貴方がこのシェルターで何年間眠っていたかについてだ。私が設定したコールドスリープの年数は約170年だ。アンドロイドのバッテリーの持続時間も同じく約170年だ。アンドロイドの限界稼働時間に合わせ、バッテリーが切れそうになる直前にコールドスリープを解除するように設定している。

 ちなみに、アンドロイドはコールドスリープ中の貴方の世話をしていたはずだ。何か異常があれば、すぐに目を覚ますようになっている。もしアンドロイドが倒れていて、バッテリーが切れているのであれば、何事もなく設定通りの年数が経過したということになる。


 また、シェルターの稼働電力は独立して確保されており、余裕を持って約200年は自立して動き続けることができるようになっている。


 さて、最後に、これからすべき行動だ。手紙と一緒に置かれている小さなリモコンがあるはずだ。そのスイッチを押せば、操作パネルが表示される。ベッド下の収納スペースには、食料や水など当面必要な物をまとめたリュックを用意している。そうそう、貨幣制度がどう変化しているか分からないから、純金も多めに入れているよ。ちょっと重さはあるけどね。操作パネルを使って取り出せるから、持っていくといい。そして、シェルターから脱出しておくれ。


 それでは、素晴らしい未来と希望に、どうかよろしく。

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