この想いは君に届くか

飯田太朗

君に届けたい

 究極のサボり魔にしてちゃらんぽらん。あくびをしているナマケモノの方が働き者に見えるリシュー先輩こと成瀬なりせ利秋としあきが案件を持ち込んだのは十一月の頭のこと。

七組イエローの仮装パがよぉ」

 この日、私は部室のパソコンに向かってカタカタと作業をしていた。リシュー先輩が一時期愛用していた小型のノートパソコンで、である。

 打鍵する自分の指を見て思う。まだまだリシュー先輩みたいに素早くタイピングできない。もっと頑張らねば……と、考えて。

 あの細くて長い指。

 何だかどきりとする。

「聞いてっかあ、花生かお

「はっ、はいっ!」

 私は声を飛ばす。

七組イエローの仮装パが?」

「だからよぉ、七組イエローは来年、中華ものを題材にした仮装をするらしいのよ。一匹の猿が斗南一人となんのいちにん天下無双てんかむそうの大英雄へと成り上がっていく話」

「はぁ」

 聞いている限りじゃ面白そう。中華ものなら、衣装やダンスも派手にできるし。ちょっと『西遊記』っぽいけど、それもまた味になると思う。

「ほんでその仮装をめぐってトラブってるらしいのよ」

「トラブル?」

 私はパソコンから目を離して先輩の方を見る。

「どんなトラブルですか?」

「ストーリーのオチについて」

「オチ」

「主に女子から反対食らってるらしい」

「どんなオチなんですか?」

「『緋色のヒーロー』」

「は?」

「だから、『緋色のヒーロー』だって。『緋色のヒーロー、爆誕』。これをダンスの締めくくりに大道具を使って打ち出すらしい」

「緋色のヒーロー」

 私は思う。

 緋色。まぁ、孫悟空のような猿のキャラクターが赤い何かを纏うのは頷ける。

 そして孫悟空はヒーローだ。

 つまり「緋色のヒーロー」に矛盾はない。

 けど……。

「ダジャレですか?」

 そりゃ反対も食らうわ。



 新聞部のコラム『潮騒の風』は学校内のさまざまな話を新聞記事として扱う。主たる内容は部活動の実績だが、稀に期末テストをテーマに「先生の出題意図」という記事や、一癖ある生徒にフォーカスして「変わった特技を持つ生徒」の話なんかもする。こういった内容を拾い上げる都合上、校内のニュースにはどんなものにでもアンテナを張っておく必要があるのだが、この「緋色のヒーロー」事件はたまたまリシュー先輩の「校内アンテナ」に引っかかったようだった。記事にするかはさておき、取材をする。先輩はそう決めたようだ。

『潮騒の風』の性質上、最初から記事にするぞと決めて取材をすることは稀だ。数撃ちゃ当たる戦法で、気になることには片っ端から首を突っ込んでいく。

 今回もそんな案件だった。

 さて、七組イエロー

 十一月。三年生は受験戦争真っ只中だ。来年の体育祭の準備はもう二年生に引き継がれている。つまり園江先輩の代からリシュー先輩の代にバトンは渡されている。だから今回の件も必然、二年七組イエローの話ということになるのだが……。

「はー、マジうちの男子あり得ないわ」

「大事な体育祭こんな風にするなんて信じられない」

「兼ねてから男は馬鹿だと思ってたけどこれほどとは」

 二年七組イエローの教室。男子たちはさんざんな言われようである。どうも男女の溝が生まれてしまっているようだ。

「まぁさ、こういうのは」

 リシュー先輩が新聞部の腕章を付け直しながらつぶやく。

「震源地を叩くに限るんだよなぁ」

 さて、そういうわけでリシュー先輩は聞き込みを開始した。何人かの七組イエロー関係者に取材をし、そうして辿り着いたその人こそ……。

「言えねぇよ、言えねぇ!」

 と、首を横に振る横沢よこさわ伸夫のぶおその人である。

 仮装パートのリーダー。バスケ部出身とかで背が高く、パッと見た感じイケメンの部類。聞くところによると、謎かけだの落語だのが好きな割と渋い趣味をお持ちのようで、それがギャップとして女子から一定数の人気を得ている。

 リシュー先輩が「緋色のヒーロー」の件について横沢先輩に訊ねると、彼は私の方をチラと見て首をブンブン横に振った。しかしリシュー先輩はそれを見逃さなかったようだ。

「女子がいると話しにくいのか」

 横沢先輩がピタッと動きを止める。どうも図星らしい。

「下ネタか」

 今度はブンブン首を横に振る横沢先輩。

「俺にだけ話してみろよ」

 リシュー先輩がそう、詰め寄ると横沢先輩は困ったような顔をした後に、「絶対女子に言うなよ」と念を押してからリシュー先輩の耳に口を寄せた……が、直前で。

「お前ちょっとあっち行ってろ」

 私という女子の厄介払いも忘れない。

 はいはい。と私は席を外す。少し離れたところで何事か、横沢先輩に囁かれたリシュー先輩はニヤッと顔を砕けさせると「いいねそれ」と楽しそうにした。なになに! いいなー! 



「リシュー」

 さて、私たちが二年七組イエローの教室を去ろうとした時。

 教室の入り口で、スラッと脚の長い美人さんがリシュー先輩を呼び止めた。

 後で聞くところによると、仮装パートの深谷ふかやさんとかいう人で、リシュー先輩の学年では美人で有名らしい。そんな人がリシュー先輩に何用……と思っていると、彼女はリシュー先輩の肩を掴んで訊いてきた。

「さっき横沢と話してたでしょ」

「おう」

「何話してた?」

 するとリシュー先輩は気まずそうな、困ったような顔をした。私としては彼がどんな情報を握っているのか分からないので、助け舟の出しようがない。

「俺の口からは何も言えねぇよ」

 リシュー先輩は手をブンブン振る。

「けど、まぁ……」

 と、リシュー先輩は教室の窓の外を見た。

「第二体育館上あるだろ。卓球部が活動してるところ」

「うん」

 深谷先輩が頷く。

「あそこ行きゃ、分かるかもなぁ」



「第二体育館上に何があるんですか?」

 二年七組イエローの取材帰り。

 廊下を歩きながら私は、リシュー先輩に訊ねた。

 するとリシュー先輩は一瞬困ったような顔をして、「うーん?」なんて首を傾げたが、すぐに「まぁ、花生は七組イエローじゃねぇしな」と頭を持ち上げるとすぐ私の方に振り返った。

「横沢たち、仮装で女子たちにサプライズするみたいなんだよ」

「サプライズ?」

 私はびっくりする。

「さ、サプライズって何を……?」

 モノによってはバッシング食らいそうだけど……。

「男子がそれぞれ紙で花を一輪作って渡すんだと。まぁ、かわいいもんじゃね? そのくらいなら」

 えー、そのくらいなら全然ありかも。ま、人によっては恥ずかしいかもだけど。

七組イエローの男子連中、いつも温かく見守ってくれる女子たちにすげー感謝してんだってさ。まぁ、確かに七組イエローの男子はめちゃくちゃなイタズラっ子とかテロリスト気質の奴多いから、女子たちも手を焼くだろうよ。でもそんな自分たちを見捨てないところに感謝してるんだってさ」

 えー、いい話。

「花の密造は第二体育館上で行われているらしい。こっそり様子を覗くよう深谷に伝えておいた」

「バラしちゃってよかったんですか?」

「まぁ、七組イエロー女子のことだ。イタズラ計画してる男子を温かい目で見てくれるさ」

「……でもなんで『緋色のヒーロー』?」

「横沢が薔薇作ってるのと、あとあいつ謎かけとか好きだから……」

 薔薇→緋色→謎かけ→ダジャレ→緋色のヒーロー

 というわけだろうか。

「仮装のストーリーのラストは、猿の頃から主人公を支えてくれた村の娘を妃として迎え入れる展開で終わるらしい」

 なるほど。そのシーンに、花を差し出す猿の英雄。

「にしても、気になることがあるんですが」

 私は先輩の斜め後ろを歩きながら訊ねる。

「男の人の方がダジャレ言う率高くありません?」

「そうかぁ?」

「身近な女性でダジャレ言う人います?」

「うーん」

「リシュー先輩も言ってたりして」

 は? とこちらを振り返り笑う先輩。しかしすぐに前を向くと、「じゃあ一個くらい言ってみるか」と訳の分からない意地を張り出した。まったく、これだから男子は。

「『布団が吹っ飛んだ』とかやめてくださいよー」

 なんてニヤニヤした私のことを背中で受け流しながら、先輩が一言。

花生かおの顔が見たい」 

「ななななななななななななななななな!」


 了

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この想いは君に届くか 飯田太朗 @taroIda

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