星を渡る魚【KAC20255】

にわ冬莉

空をゆく魚

 空に、一匹の巨大な魚が浮かんでいる。


 淡水魚のような銀白色。地味な見た目だが、尾鰭だけが随分と長い。地味なのか派手なのかわからないようなその魚は、ゆるりと空を泳いでいる。実際の大きさがどの程度なのかはわからないが、クジラほどもありそうだ。


「あの魚に乗っていくの」

 少女はそう言って笑う。


「どこへ行くの?」

 人が魚に乗るなんて、水族館でイルカのショーなら見たことがある。でも、空にいる魚はイルカではないみたいだし、水の中を泳ぐはずの魚がどうして空に浮かんでいるのかもわからない。そして、そんな魚に乗るのだと口にする少女は、一体どこの誰?


「どこへ……? どこだろう?」

 平然とそう言ってのけると、ふわりとその体を浮かせる。もしかしたら少女は亡くなった人間の魂かなにかで、これから転生して天下無双の勇者様にでもなるのだろうか?


「幽霊……なの?」

 思い切ってそう訊ねると、少女は空中でくるりと一回転してみせる。まるで人魚がダンスしてるみたいだ。

「私が幽霊ですって? ふふ、面白いことを言うのね。私は幽霊なんかじゃないわ。あなただって知っているでしょう?」


 知っている?


 頭を巡らせ、考える。肩より少し長い髪。ゆるりとしたワンピース。子供でもない、大人でもない、特徴もない少女の顔を見ながら考えるけれど、一向に思い出せそうもない。


 ただ……

 理由はわからないけれど、何故か優しい気持ちになる。そしてちょっぴり悲しい気持ちになるのは何故なのだろう。寒い朝、温かいお布団から出なければいけない時のような寂しさ。


「知っているのかな?」

「知っているわよ」

「どこかで会った?」

「忘れちゃったの?」

 宙を舞っていた少女が地に足を付けた。

「ごめん、わからないよ」

 素直に謝ると、くふんと喉を鳴らし、小さな声で「そっかぁ」と呟く声。


「そろそろ行かなきゃ」

 空を泳ぐ魚を見上げて、目を細めた。


「また、会える?」

 さよならを言いたくなくて、思わず手を握る。


 すると、少女の体がキラキラと光り出した。


「時間も空間も飛び越えて、私はあなたを探しに行くわ。大丈夫。どこかで待っていて。私のことを待っていて。私たちは、



 空を、一匹の魚が泳いで消えた──。

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星を渡る魚【KAC20255】 にわ冬莉 @niwa-touri

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