KAC2025 その後の顛末

かざみまゆみ

第1話

 ロン!! 立直・七対子・ドラ猫2。

 天下無双にゃ!!


 猫耳のキャラが吠える。


 俺は思わずスマホを投げそうになるのをなんとか堪えた。


「くッ……」

「先輩、弱すぎですよ」

「本物の麻雀卓なら俺の記憶力で無双できるのに……」

「全部の牌の位置を覚えるのは反則ですよ」


 久し振りに訪ねてきたカバ山と話をしているうちに、いつの間にかスマホの麻雀アプリで対戦していたのだ。


 ――大学時代は俺のいいカモだったクセに。


 俺は大学時代の部室(という名の遊び部屋)で、麻雀卓を囲んでいた頃を思い出す。


 ――思い出は遠くなりにけりか……。


「所長〜そんなセンチな顔をしていないで仕事して下さい! 樺山さんもまだ用件終わっていないですよね」


 事務机で書類整理中の小夜子があきれ顔で俺達を見ている。その奥では楓が黙々と書類の山に立ち向かっている。


「お前がスマホなんか取り出すからいけないんだぞ」

「先輩、それズルい!」


 楓が笑いを堪えている。


「それで、悪意の妖精フェアリーだっけか?」


 俺は少し真面目な顔をしながらカバ山の事を見た。


「先輩、いまさら決まらないですよ。まぁ、いいですけど……」


 カバ山はスマホの麻雀アプリを消すと動画のデータを開いた。


「捜査資料を持ち出したのがバレたら懲戒モンだぞ。まっ、俺は困らないけどな」

「そう思うなら嬉々としながら画面を観ようとしないで下さい。元データはいじっていませんし、これは撮影した動画に、店の防犯カメラ映像が写っていただけですから」


 写ったにしてはヤケに鮮明な画像を見せながらカバ山が力説する。


 映像からは騒がしい歓声とそれに負けないダンスミュージックが流れている。踊っている奴らは見るからに遊び慣れているような連中ばかりだ。

 カバ山が音量を少し下げた。


「相変わらず騒がしい連中だな。こんな連中全員布団で簀巻きにして神田川に流したらいい」

「ここ大学でも有名なクラブだね」


 小夜子の呟きに楓が頷いて答える。


「なっ、お前。こんな場所に出入りしてんのか?」

「秘密」


 ――くッ。この小娘め! いつの間に遊びを覚えたんだ。


 俺は平然を装いながら動画へと視線を戻した。


 そこに映っていたのは、バーカウンターに座っている若い男性客がひとり。カウンターにはグラスがふたつ並んでいる。


「これは六本木のクラブで撮影された防犯カメラの映像です。被疑者の男はここで売人から悪意の妖精クスリを受け取ったと証言しています。ですが、ご覧の通り映像に写っているのは男ひとりだけです……。何か気がつくことはありますか?」


 カバ山はカウンターが中心の画像と、少し引いたフロアー内の映像を交互に再生してみせた。

 俺はその画面を見ながら頭の中で店内の様子を再構築する。

 ひとつの場面を全方位から立体的に捉える。そしてその感覚を映像から得られる全ての情報を組み上げ、自分がその世界の中にいる感覚へと至る。

 まるで自分がその場面に居合わせたかのような感じだ。

 これが俺の空間把握能力と瞬間記憶能力だ。


 そして再生。


「たしかにココにはもうひとりの人物がいる……。男の身振り手振り。そして男の視線の動きに合わせて他の客も避けるかのように動いている。明らかにカウンターの椅子に座っていて、その人物が椅子から離れて店内の群衆の中に消えていく動きが見て取れる」

「でも、誰も写っていない……」

「これ加工されていてAIとかで消されている可能性は無いのか?」

「元デー…あっ。その可能性は無いと聞いています」


 咳払いをしながらカバ山が言い直す。


 ――お前、元データって言いかけたろ?


「白い服の女の人?」


 不意に俺とカバ山の後ろから声が聞こえた。


 声の主は楓だ。


「誰か見えましたか?」


 カバ山がデカい声をあげた。その声の大きさに楓がさらに驚く。


「えっと、いまはもう見えないんですけど。さっき一瞬だけ女の人がいた気がして……。こう白いワンピースに黒のロングヘアで 、白い麦わら帽子のようなものをかぶっていて顔はよく見えないけど、たぶん美人な人……」


 俺がかカバ山を見ると、アホ面が崩れ目も当てられない表情になっている。


「カバ山、どうした?」

「ひっ、被疑者の証言と一致します……」


 俺達は顔を見合わせると、二人揃って楓の方に向き直した。


 彼女は少し困ったような表情を浮かべていた。




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