【KAC20255】夢の中の俺

温故知新

夢の中の俺

 学校帰りに厳しいダンスレッスンを終え、家に帰っていつもの時間に布団に入った俺は夢を見た。


 それは、異世界転移した俺が、磨かれたダンスで人々を魅了し、天下無双をするというものだった。


 プロダンサーの卵で、通っているダンススタジオでは『落ちこぼれ』と蔑まされている俺が、異世界で天下無双するなんて実に荒唐無稽な話だ。


 そもそも、異世界転移というもの自体、非現実的すぎる。


 ラノベでもあるまいし。


 それこそ、夢のような話だ。


 けれど、異世界でダンスを披露していた俺は、自信に満ち溢れてキラキラ輝いていた。


 ダンスレッスンの時は、スタジオの端で自信なさげに踊っている時と全然違う。


 恐らく、俺のダンスを見ている人達が喜んでいるからだろう。


 俺がダンスを始めたキッカケが、小さい頃にプロダンサー集団がキレッキレなダンスで人々を喜ばせているのを見て、『俺もダンスで人々を喜ばせたい』と思ったから尚更だ。


 見知らぬ異世界で踊っている俺は、正に俺が目指している姿そのものだった。


 これが夢なのは分かっている。


 現実の俺は、コンテストにも出場出来ず、バックダンサーにも選ばれない落ちこぼれだから。


 それでも、俺は願ってしまう。


 これが、現実であって欲しいと。


 天才ばかりが集うダンススタジオで、血の滲むような努力で磨いた俺のダンスを見て、誰かが喜んでくれるなら、異世界だろうが行ってみたいと。



「ん、んんっ......」



 目が覚めると、朝日が差し込む見慣れた天井か目に入る。


 あぁ、現実に帰ってきてしまった。

 もう少しだけ、心地の良い夢の中にいたかったのに。



「優太、朝だから起きてきなさ〜い。じゃないと、遅刻するわよ〜」

「は〜い」



 1階にいる母親に呼ばれ、俺はだる重い体を起こして布団から這い出る。


 今日もまた始まる。


 灰色でつまらない1日が。


 どうせ今日も、ダンススタジオに行けば『天才』と持て囃されている奴らにバカにされ、先生から嘲笑を浴びせられる。



「行きたいなぁ、異世界」



 そうすれば、俺はダンスで天下無双出来るのに。


 我ながらどうかしているなと思い、堪らず苦笑すると朝ごはんを食べに部屋を出た。


 その後、ひょんなことから異世界転移をしてしまうのは、また別のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20255】夢の中の俺 温故知新 @wenold-wisdomnew

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ