文化祭前日
「私はプリンセス紫亜。私は王女……高貴な人間……」
そう自己暗示をひたすらにしている私は文化祭前日の通しリハをしていた。
「紫亜。緊張してるね。まだ、前日だから気楽に行かないかい?」
なんて当日の王子服に包まれた爽やか太陽光のエルちゃんが現れて、倒れるクラスメイト達。
「きゃ〜!! 王子エル様よ〜!!」
「東〜!! 俺に悩殺スマイルくれ〜!!」
教室の熱気はまるでアイドル現場みたいになっている。まぁ、エルちゃんは生まれた時から身に付いてる高貴さがあるもんなぁ。絶対、前世王族だったよ。この人。
「ありがとう。エルちゃん。でも本番と同じくらいの気持ちで今日もやらないと明日の本番二回公演なんて上手く出来ないから」
「すまない。余計な気遣いだったね。……本番と同じくらいにやろうか」
エルちゃんの言葉でクラス全員に気合いが入る。
それから幕が上がった。
エルちゃんは通し稽古とは思えないクオリティで本当に王子が居るかのような出来上がりだった。
私はと言えば、優真や放課後付き合ってくれた皆のお陰でやっと人並みの演技にはなれた。欲を言えば、エルちゃんやなんでもそつなくこなせる優真みたいに自然にそこに王女が居るような演技がしたかったが、やはり素人の付け焼き刃ではそこまでは無理だった。
この劇、クライマックスの終盤で王子とキスするシーンがあるのだけれど。キスを本当にする訳ではなく、ただのフリだ。
まぁ、そこのシーンをやる度にクラスメイトが倒れていくから、流石エルちゃん。王子が似合う。
「ふむ。全部のシーンはつつがなくやれそうだね」
「そうだね。……良かった〜。セリフ飛ばないで言えたし、最後のシーンも顔作れてた気がする〜」
何より棒読みにならなくて良かった。棒読みになったら、雰囲気全部ぶち壊しだし。
「ふふっ。じゃあ、本番は本当にキスするかい?」
なんて言ってほっぺにキスしてくるエルちゃん。
「もぅ〜。エルちゃんってば、すぐそういう冗談言うんだから! やり返すよ〜!!」
私もエルちゃんのほっぺに背伸びしてキスすると、そういえば人前だったなとクラスメイト達は黄色い声を出しながらキャッキャしてた。
「おや、王女様も乗り気だ。さて、もう一度通しのリハーサルをしようか」
前日だし、確かに不安な所は一通りしといた方が良い。
通しリハが終わり、後は役者組がもう一度やっておきたいシーンをやったりと入念なリハーサルをやっていた。
リハーサルも終わり、今日もスーパーに急がなきゃ〜と慌てて廊下を走ってたら、急に誰かに首根っこを掴まれる。
「きゅ〜! 割引きシール〜」
たまに廊下を走ってる事が先生にバレて首根っこ掴まれて怒られる事があるので、そのパターンかと思いきや違った。
そのまま、空き教室に引きずり込まれる。
「ねぇ。紫亜」
引きずり込まれて、直ぐに私を壁ドンしたのは優真だった。
そして心なしかかなり……いや、完全に不機嫌そう。
「な、なに〜。早くスーパー行かないとお買い得の割引きシール貼られた商品無くなっちゃうよ〜」
割引きシールも大切なので本音を言うけど、なんでこんなに優真が不機嫌なのか分からなくて戸惑う。
「たまたまあんたのクラス通った時にエルのほっぺにキスしてたけど、あれは何? 浮気?」
あっ……一番優真に見られちゃいけないやつを見られてた。というか優真は台本も見てるから、あんなシーンないの知ってるし。
「あ、あのあの! いつもエルちゃんとはあんな感じでして〜。……うぅ〜。ごめんね。私が優真の気持ち考えられてなかった。これからは気を付けるね」
確かに優真が怒るのも分かる。私も優真がれーなちゃんにほっぺにキスしてたら嫉妬すると思う。
自分がされたら嫌な事を人にしちゃうなんて私は最低だ。
「……まぁ、反省してるなら良いわよ。割引きシールが気になるなら、早く行きましょ」
しばらく、私をじーっと見て、優真は不機嫌な表情から直ぐにいつもの少し気だるげな顔に戻る。
「あ、あれ……いいの?」
「良いわよ。反省してるんでしょ」
「う、うん。そうだけど」
なんでこんなにすんなりなのか分からない。優真って基本的に機嫌悪かったら、しばらくずっと悪いし。
それからスーパーに行って、買い物して優真が荷物持ちをしてくれる。
「……ごめんね。わざわざ付き合ってくれて」
優真を嫌な気持ちにさせたのに、優真はいつも通りに荷物持ちしてくれる。
「別に良いわよ。……今日、泊まっていい?」
「え、……良いけど。明日文化祭当日だからクラス事に朝、早い所とかあるんじゃないの?」
文化祭当日は準備が要るクラスは一番早いクラスは朝六時集合してたり、七時集合だったりとやっぱり何処もいつもと早めだ。いつも通りなのは展示のクラスくらいだろう。
「まぁ、私はいつもの登校時間とは早いわね。七時集合だったし、紫亜は?」
「私も七時集合だった〜。やっぱり最後の衣装や舞台のチェックとかリハとかあるからね〜」
「じゃあ、登校時間は一緒ね」
穏やかな声、さっきの事は全然怒ってないとでも言えるくらい優しかった。
優真はきっと、私が明日のクラス演劇で緊張してるんじゃないかと心配して泊まってくれるんだろうな、と思う。
あれだけ嫌な顔もせずに練習に付き合ってくれたんだし、なんだかんだ優真は優しいから。
そんな優しい優真を傷付けてしまった。本当に行動には気を付けないと。
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