文化祭準備 2
「今日はさっき買った割引きのサバの味噌煮と半額だったレバニラ炒めです。後、カットキャベツとご飯」
もうサバの味噌煮は作るのだるかったから、あって良かった……今日はずっと食べたかったんだ。サバの味噌煮。
「もうこれ以上何も出ませんって顔してるけど、文句言った事ないでしょ。私」
「文句は言わないけれど、優真、セフレの時は急にご飯食べるから帰る〜とか急に来て帰ったり、今日は居るとか言うから、どっちなのか読めなくてとりあえず準備はしてたから、恋人になってからはちゃんと伝えてくれるようになったの助かるな〜と思って」
朝も本当は帰るの分かってて用意してたな〜、と報われなかった日々も不意に思い出してしまう。
「……私は紫亜に土下座した方がいいって母さんによく言われてたけど、本当にその通りだったわね」
優真は申し訳なさそうな表情で私を見る。それはきっと、心からの反省で私も怒る気はなく、そんな事があったな〜的なノリだったのだけれど、もしかしたら浮かない表情をしてしまったかもしれない。
「うぅん。……でも、私は優真が今日は泊まるって言う時は朝もちゃんと居てくれるし、もしかしたら、朝はもう居ないかもとか、そういう不安は無くなったから別にいいんだけどね」
朝、居ない事は頭では理解してた癖に少しは期待はしてしまってた。
やっぱり優真が居ないを繰り返してたので、寂しかったと言えば寂しかった。
「……紫亜」
「うん?」
「今日は不安にさせてた分も愛すから、嫌だった事、ある時は今みたいに言って」
真剣な表情。そしてそうやって直接言ってくれるのは優真の誠実さなんだろうな。
それから夕飯を食べて、お風呂に入る。入ってる時にどうしても夜にする事に意識がいってしまう。
「今日……したいって言ってたもんね」
私がセリフの練習をするんだろうと察して我慢しようとしてくれたのもちょっと嬉しかった。
湯船に赤い瞳の自分が映る。少し緊張した面持ちになっている。
「……言って欲しい、か」
優真にとっては嫌味にしか聞こえない事言っちゃったな、と反省する。優真は嫌な事がある時は言って欲しいと言ってくれる。
私にとっては嫌な事、というか寂しかった事、なのかもしれない。
私は寂しがり屋の猫ちゃん。構って欲しい猫ちゃんと一緒だな。
優真がお風呂に入っている間にセリフの練習をする。
「よく会うわね。あなた、この場所が好きなの?」
そう言うと王子のエルちゃんは「ああ。ここは何となくいつもの私じゃない私になれるようで好きなんだ。……海も綺麗だしね」とウインクしながら言っていたのを思い出す。
他のセリフも言ってみる。何となく感情が乗ってないように感じる。
「うーん。エルちゃんみたいに演技上手くなりたい〜」
エルちゃん、初めから凄く上手だったし、演劇部に入ってる子もエルちゃんは本当に上手いって絶賛してたし。
「紫亜は紫亜なりに頑張ってるじゃない」
お風呂から上がってきたみたいで、優真がそう言いながら、隣に座る。
「ちょっと台本貸して」
「え、うん。はい」
優真は興味深そうに台本を見て、閉じる。
「覚えた」
「は、え、……早くない?」
「王子のセリフだけピックアップして覚えたのよ。全部は時間ないと無理。これなら、相手役、出来るでしょ」
あ、……そうか。優真は私が練習しやすいように覚えてくれたのか。
でも、それにしてもペラペラと見ただけでセリフを覚えられるのは頭の構造が私と違いすぎる。流石、家庭科以外はそつなく出来る女。西園優真。
「じゃあ、練習しましょ」
「うん。ありがとう。……よく会うわね。あなた、この場所が好きなの?」
さっき練習してた場所。初めからじゃない途中のセリフだから、優真が本当にセリフを覚えてないと次のセリフが出てこないだろう。
「ああ。ここは何となくいつもの私じゃない私になれるようで好きなんだ。……海も綺麗だしね」
低くて心地よい声。それでいて、ちゃんと王子が街人に扮してお忍びで遊びに来た感じが出ている。清廉潔白な王子のエルちゃんとは違う奔放な王子みたいだ。
「優真、……演技上手だね」
「は、……上手じゃないわよ。丁度、エルの演技も見てたしね」
エルちゃんも上手だったから、それを見てたらしく嫌そうな表情。本当にエルちゃんの事が嫌いだな。優真。
「あいつの王子の方が紫亜に相応しい王子。……悔しいけどね」
「え、……優真でもエルちゃんを素直に褒めるんだ」
「褒めるわよ。……紫亜は純粋な姫様。だから、あいつの王子とピッタリ」
そう評価する優真は自分では私の王女と合わないとハッキリと言った。優真はそういう事で嘘を付かない。だから、本音なのだろう。
「……じゃあ、優真はどんな王子でやったの?」
「自由を求める奔放な王子。だから、自分を縛る立場とか責務とかが嫌。好きな相手くらい自分で選びたいし、それが出来ないからこっそり遊んで息抜きしてる」
確かにエルちゃんの王子は自分の責務も立場も全部背負いつつも、それだけじゃあ、息が詰まるから息抜きに遊びに来ている。そんな感じだ。
「凄いね! 演者が違うだけでこんなにセリフが違うように聞こえるんだね」
感動して、優真の手を握って握手すると優真はちょっと機嫌悪そう。
「私と紫亜の演技は合わないけどね」
「え〜!! それでもやっぱり演技次第で見る人の感じ方も違うって事も分かったからありがたいよ〜」
真面目に練習の相手をしてくれるだけでも有難い。
「……まぁ、でも私の方がちゃんと紫亜の恋人なんだから、私相手にしてれば、好きな人と一緒に居たかったけど自分の立場のせいで別れる王女の気持ち分かるんじゃない?」
言われてみれば恋人になるまでは優真に本当に振り回された人生だった。
それに一回本当に振られたと思った時あったし。
「むむ……出来そうな気がする。先ずは棒読みじゃなくなって自然に聞こえるように、からだけど」
「ふふん。その意気よ。練習が不安だったらいつでも手伝うから、遠慮なく呼びなさい。……紫亜を優先するから」
「ありがとう。……そうするね」
少し照れくさかったのか優真の耳が真っ赤だ。それに……私を優先してくれると言った優真の言葉が嬉しい。嬉しい。気持ちが嬉しい。
本当に今まで私の気持ちが優先される事がなかったから、恋人になるまで振り回されてばっかりだったから。
「紫亜、おいで」
そう言われて、素直に優真に抱き着く。頭を優しく撫でられて、キスをされる。
「練習、少し早く起きて明日の朝しようか」
「うん。……そーする」
甘い誘惑。これはもう私を抱きたいという事だろう。私も求めてくれるのは嬉しいので素直に受け入れた。
「触り方……っ、きもちいっ……」
胸もお腹も優しく触れてくれて、身体が気持ち良くて反応してしまう。
「紫亜……っ」
吐息混じりに名前を呼ばれる。優真の声が好き。いつもは低くてローテーション。私の名前を呼ぶ時は穏やかな声。
優真の指先にピクリと反応すると嬉しそうな顔をしてくれる。
「気持ち良い?」
優真の首に手を回して、顔を近付けて欲しいと懇願すると、優真は私の言う通りに顔を近付けてくれたので、耳元で返事をした。
「うん。……優真だから……気持ちぃ……」
すると、優真は顔を真っ赤にさせるが、少し嬉しそう。
「そ。それなら、もっと付き合って、私だけの王女様」
「付き合うも何も私は、優真だけの……っ」
そこからは言わせて貰えない。ちゅっ、と深いキス。舌を絡め合い、瞳を見つめ合う。優真の声が心地良い。優真の息遣いは私に興奮してくれているんだな、と嬉しい気持ちになる。
私の左手に優真の左手を絡ませて、すりすりと手を撫でられる。それがなんでか気持ち良くて、また身体が反応してしまう。そんな私の反応を見たからか、優真は私の首筋や胸に、と順番に吸い付く。
「紫亜、紫亜、愛してる。……愛してるから、私に愛されて……満たされて……昔の不安ごと消してあげる」
不安。それは目が覚めたら、優真はどうせ居ないのだと分かってるのに、今日は居てくれるかも、と期待してしまう頃の私が持っていた不安。
私にしか興味無い。眼中に無いと言わんばかりのキスの嵐。身体中に降り注いで、私は優真の愛を確かに受け止める。
「優真、優真、……私、優真の事、大好きだよっ」
「うん。知ってる。知ってるから、もっと感じていて?」
優しく私を甘やかす。優しい優しい私だけの王女様。
今だけはその愛にどっぷり溺れていよう。この優しい夢の様な時間が覚めないように。
「紫亜、起きて」
「うーん? 今、なんじ……」
眠気まなこで時計を見ると朝の五時。
「練習。昨日少ししか出来なかったでしょ?」
優真の暖かい手が私の頭を撫でる。気持ち良い。また少し眠気が襲ってくる。
「眠いのは分かるけど、……というか私が悪いか。疲れてる所悪いけど、起きて」
「ハッ!? そうだった! 練習!」
パッと起きてそう言うと優真はそんな私を微笑ましそうに見つめる。
「ごめんね。練習したいって言ってたの私なのに」
「朝、しようって言ったのは私だから大丈夫よ」
それから着替えて、優真に練習に付き合って貰う。そして朝ご飯。
「「いただきます」」
ご飯はおにぎりと味噌汁と漬物。ベターな朝ご飯だけどこれが美味しい。
「ねぇ。紫亜」
「ん〜? なに〜」
優真はおにぎりを食べて、味噌汁を少し啜って、置く。
「私のクラスさ。お化け屋敷やるのよね……」
もう気の進まない顔をしている時点で、優真はやる気があまりないのだろう。
それもそのはず、優真はお化けは倒せないから嫌いだと言ってたな。倒せないから嫌いってなんでだよって思うけど。
「えーと。大丈夫?」
ジメジメしたキノコが心なしか優真に少し生えている。大丈夫ではなさそう。
「大丈夫じゃない。その上、私、お化け役だし」
「えっ……大丈夫? お客さんが」
「どっちの心配してんのよ! ……私は身長あって美人だから、白装束にお化けメイクしたらめちゃくちゃ怖くなるんじゃないかって言われたの。クラスメイト達に」
あー。確かに優真は美人で高身長。それに白装束なら、迫力ありそうだし、お化けメイクするなら結構本格的にやるんだろうなぁ。
「その上、玲奈は裏方の大道具係で当日は受付しかやらないから、自分は中に入らないし、他人事だった」
「うわ〜。嫌な事はしっかり避けてるれーなちゃん。流石」
まぁ、優真が気が乗らない顔をしている理由も何となく分かる。ただでさえ、怖いのがダメなのに、不気味なBGMで怖い雰囲気のお化け屋敷の中に居ろ、だなんて軽い拷問だろう。
「……で、優真はプライドが邪魔して素直に怖いのがダメなので受付にして欲しいって言えなかったんだね」
「なんで見てきたように分かるのよ。……玲奈は素直に言ったから受付にしてもらってたけど」
いや。だって優真って分かりやすいし、プライドが無駄にエベレストくらい高いし。聞いた時にそうなるんじゃないかとは思ってた。
「だからって、なんで……怪力が凄い血だらけの女幽霊役」
「ぶふっ!!」
思わず飲んでた味噌汁を噴き出してしまった。急いでティッシュで拭き拭き。
というか急に優真がそんなおもしろ幽霊役やるだなんて思わなかったので、優真が悪い。
「何笑ってんのよ」
「笑うでしょ〜。そんな幽霊。怪力が凄いってもう……それ、優真じゃん」
「死んでない」
「ぷっ……ふふっ。死んでないけど〜。役、ピッタリだね……優真しかやれないよ。そんな幽霊」
フィジカルお化けでアマゾネスクイーンとかあだ名が付けられてる優真に本当にピッタリ。素手で林檎握り潰せる人は怪力凄いよ。優真。
「はぁ〜。……でも、本当に無理そうなら、素直に交代してもらうのも有りだと思うよ」
ひとしきり笑ってしまったが、優真がどうしても無理ならそれも手だと提案する。するが、優真は私の返答を聞いて、何か考えている模様。
「でも、……はぁ。あんなに楽しくお化け屋敷をやるぞって言ってるクラスメイト達に今更怖いから無理です。なんて言いたくないわね。……水を差すみたいでなんかダサいし」
「じゃあ、やるんだ」
「まぁ、……そうなるわね」
なんだかんだ。優しいから、クラスメイトの人達の期待を裏切りたくないというも本音なんだろう。
そういう優しい優真が私は好きだ。
「当日、演劇のない時間に見に行くね♡」
「なんでノリノリなのよ。……私も紫亜のクラス演劇、前半は無理そうだけど後半は無理にでも抜けて来るわね」
「無理にって……ちゃんと交渉しなよ〜」
「例えよ。例え。そのくらい楽しみにしてるから、練習くらいいっぱい付き合ってあげる」
「……じゃあ、私もホラー映画見るの付き合おうか」
「……それはいい」
ホラー映画は本当に嫌だったのかジメジメキノコがまた生えた優真。
そんな優真に畳み掛けてからかうのだった。
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