動揺

  いつもの白猫のピアスを付けて、ご機嫌に登校していると途中でエルちゃんに出会った。


「ご機嫌だね。紫亜」

「ふっふっふ。分かる〜?」

「昨日作った紫亜ちゃん特製の唐揚げが美味しかったからかなぁ」


 本当は優真から貰ったピアスを付けてると優真と一緒に登校してる気分になるから、なんだけどね。


  でも、優真も美味しいって言ってくれたのは本当に嬉しかった。なんだかんだ優真と食べるの好きだし、料理は褒めてくれるし。


「ふふっ。良かったね。私も紫亜が作った唐揚げ、食べてみたいな」


 なんて世間話してても高貴なオーラを出してくるので本当に眩しい。


  マジでエルちゃんってお忍びの貴族様じゃないの? 本当に?


 エルちゃんの微笑みで近くの同じ学校の女子達が気絶しかけてるし、召されかけてるよ。


「食べてみたいなら、昨日の残りをお弁当に詰めてるから、それ食べる? 冷めてても紫亜ちゃんの唐揚げは美味しいよ」


 冷めても美味しい、本当に食にこだわりがある家族から受け継いだ紫亜ちゃん特製唐揚げ。味に保証しかない。


「本当かい!? それならば、お昼を楽しみにしてるよ」

「ふっふっふっ。エルちゃん、でもエルちゃんのおばあちゃんのおかずと交換だよ〜。いっつも美味しそうだなって狙ってたし」

「構わないよ。好きなのと交換してもらおう」


  なんて話してる会話はこんなんだが、エルちゃんが高貴に談笑してるから、絶対レベル高い話してると誤解されてそうなんだよね。実際はお弁当のおかず交換の話なのに。








「はい。きたみん、お菓子あげる」

「ありがとう〜」


 何故かいつも通りすがりにクラスメイトとか先輩とかにお菓子を貰ってしまう。


  私も貰うだけではアレなので何か返そうと初めの頃は思っていた。本当に初めの頃は。


「じゃあ、頭撫でさせて〜」

「いいよ〜」


  そう。お返しは要らないからと、何故かお菓子と引き換えにこうして頭を撫でられる毎日。


 大人しく撫でられたり、「可愛い〜」と抱き締められたり、気分的にはなんかこう……猫の気持ち。

 まぁ、私的にはお菓子美味しいし、向こうもなんか満足してるし良いかと思っている。


 もう放課後なので、スーパーの割引きの時間を狙いに、貰った棒付きキャンディを咥えてボケっとスマホを見ながら時間を潰す。


 お昼にエルちゃんに交換して貰ったおばあちゃんの角煮美味しかったなぁ、と今日の夜ご飯は豚バラブロックを買って、私も角煮を作ろうかなとスマホで角煮のレシピを眺めていた。


「と、もう帰るか」


 時間を確認して、立ち上がる。今日は優真からのメッセージもないから、多分、来ない。


 まぁ、毎日はそりゃあ来ないだろうけどね。それに今日みたいに一切優真とすれ違わない日だってあるし。


 それは優真の教室が一年五組だからまずフロアも違う。私のクラスは三階だけど、優真のクラスは二階だし。


 パキッとキャンディを噛んで、棒をゴミ箱に捨てる。


「毎日来ても良いのに」


  寂しがり屋の猫ちゃんは好きな人に愛して構って欲しい。それが叶わない願いだとしても。








「角煮♪ 角煮♪ 食べたいな♪」


  ルンルンで高校生にもなって、スキップしながらこんな変な歌を口ずさむ奴なんて私くらいだろう。

  でも、そのくらい私には角煮を作って食べるモチベーションがある。


  あのエルちゃんのおばあちゃんの角煮が本当に美味しかったので、まだ角煮を食べたい欲が出てる。もう私の口は角煮の口である。


「今度エルちゃんにおばあちゃんからレシピ聞いといて〜ってたのも」


 再現したいかも。あの味。ちゃんとタレが染みてて、脂っこさをあまり感じなかった上にあの角煮、ホロホロと柔らかかった。


  などと角煮の事をひたすら考えながら校門を出ようとすると、校門前にエルちゃんと……優真を見掛けた。


「え、」


 珍しい組み合わせといえばそうだが、なんで優真とエルちゃん?


  私は頭にはてなマークを浮かべながら、思わず隠れて様子を伺っていると何やら擦り傷だらけで木の枝や葉っぱを叩いて俯いている優真と優真に何かを語気強めに言っているエルちゃん。


 正直、いつも春風のように暖かで穏やかなエルちゃんが強めに何か言葉を言っている所を見るのは初めてかもしれない。


  何言ってるかまでは流石に聞き取れはしないけれど。


  そのまま、エルちゃんは通りがかったタクシーを止めて、優真と一緒に何処かに行ってしまった。


「え? え? ⋯⋯何事?」


 状況がさっぱり理解出来ずに私はその場で動揺するだけだった。


「い、いや、なんで……というか、優真なんか怪我してなかった?」


 あのフィジカルおばけで怪我をした所なんて中々見ない優真が、あんなに擦り傷だらけなのも珍しい。


  え、本当に⋯⋯、いや、とにかくなんか怪我してたしエルちゃんの事だから、怪我した優真と病院に一緒に行ったのかもしれない。


  優真って意外と強がりだから病院行かないって言ってそう。もしかしたら、私が見た場面は優真がエルちゃんに怒られてたのかもしれない。


「うーん。なんか分からないけど、私も一応、手当ての道具買いにドラッグストア行っとこうかな」


  ちゃんとエルちゃんが病院に連れて行くだろうから、使わないかもだけど、優真がうちに寄るかもしれないから。


 心配の気持ちと優真に何があったのか知りたい気持ちも混ざりながら、私はドラッグストアへと走って行った。









 慌ててアパートからちょっと遠い場所にあるドラッグストアに行って、自宅に帰る。


「あ、スーパー行くの忘れた」


  あまりにも優真の事で動揺してて、珍しく忘れてたみたいだ。まぁ、ドラッグストアといつも行くスーパーが反対方向だからってのもあったのかもだけど。


「卵とかはあるから、今日はオムライスでいいか」


  角煮の口だったのに、とため息をつく。


  電気を付けて、パーカーとブレザーをハンガーに掛けて、買ってきた物を救急箱を置いてある場所の隣に置く。


「やっぱり要らなかったな」


 浴室に行って、浴槽に湯をためて、私はリビングの隣の部屋の寝室へと向かう。寝室を開けて電気を付けるとベッドの上でちょこんと体育座りしている優真が居た。


「え、優真ぁ!?」


 あの流れで自宅に優真が居る事に驚き過ぎて大袈裟に仰け反る私。そんな私にノーリアクションでこちらを向きもしない優真。


 おかしい。いつもなら、うるさいとか早く抱けとかこっちの都合とかお構い無しに何か言ってくるのに。


  というかおそらく病院へ行った優真の方が早く来てるの凄い⋯⋯エルちゃんがタクシーで送ったかもだけど。


「⋯⋯どうしたの」


 色々言いたい事はあるがまずは優真が話しやすいように近くに寄ってしゃがんで、目線を合わせて優しく声を掛ける。よく見ると身体中、絆創膏やら湿布やらを貼られている。ほっぺにも擦り傷を負ったのか絆創膏。


「今日、玲奈に告白したの」


  その一言に私は大きく心臓が跳ねる。


「でも、玲奈は私に自分が釣り合ってないから、ごめんなさいって言われた。⋯⋯釣り合ってないって何それ、そんなの関係ないのに。玲奈なら私、玲奈が納得行くまでいつでも待てるのに」


  優真から静かな憤りを感じる。


 南ちゃんに釣り合ってないからって告白を断られたのが、大分ショックだったみたいだ。


 ⋯⋯いつでも待てるのに、か。私が告白したとしても優真はそんな事は言ってくれないだろうな。


「玲奈に告白してダメだったから、もう全てが灰色みたいになって、もう終わりだって思って、衝動的に屋上から飛び降りたの」

「は?」


  涙声で言う台詞じゃない。飛び降りた? 死のうとしたって事?


  優真は南ちゃんに振られて死にたいと思ったんだ。それだけ南ちゃんの事が好きだったのか。それだけ、優真は南ちゃんしか見てなかった、という事か。


「でも、⋯⋯でっかい木の上に落ちて、枝とかに引っかかったから助かっちゃった」


  ⋯⋯助かって良かったよ。本当に。


  でも、私はそんな行為をした優真にはとても腹立たしい。


「そっか。⋯⋯病院は?」

「その現場を偶然見たエルが救急車呼ぼうとしてて、それは絶対嫌って言ってたら、強引にタクシーで病院に連れて行かれた。病院で一応、頭の検査とかしたけど、大丈夫だって。骨折とかもないし、擦り傷と打撲程度で済んだみたい」

「それなら良かった」


 普段優真が身体が丈夫でフィジカルおばけで運が良かったから助かったんだろうな。普通の人ならだいたい死んでるよ……屋上から飛び降りたら。


「優真」

「⋯⋯何」


 今から優真を怒らないといけない。⋯⋯はぁ、私って怒るの苦手なんだけども。


「優真は失恋ごときで死のうとしたの?」

「は、紫亜には⋯⋯私がどれだけ玲奈の事を好きか知らないでしょ」


 優真に胸ぐらを掴むようにネクタイを引っ張られるが、そんな事は気にしない。


「分からないよ。でも、優真は優真が居なくなってからの両親や友達、残された人の気持ちを考えた事ある?」

「⋯⋯っ」

「優真がそんな事で居なくなったら、それこそ南ちゃんは自分のせいだって一生そう思う事になるんだよ」


  瞳が揺れて力なく、私のネクタイから手を離す。優真にもそこまで言えば流石に私の言いたい事が分かるようだ。


 どんなに好きな人でも大切な人でも死んでしまえば、好きだった声もその温もりも全て無くなってしまう。そんな事も分からなかっただなんて、優真はやっぱり馬鹿だ。


「⋯⋯ごめん。紫亜にそんな顔をさせたい訳じゃ無かったのに」

「本当だよ。いい加減、そのメンヘラ治してよね」


優真に軽くデコピンして、優真はデコピンされた所を抑える。痛くはしてないから、多分大丈夫だろう。


「早く傷を治して、それから、エルちゃんにもごめんなさいしときなよ〜。じゃあ、私はお風呂入ってくるから」


  なんて優真が気にしないようにいつものお気楽な声であえて言う。いつもの北見紫亜を演じるように。


  お風呂の様子を見て、湯がたまっている事を確認する。そして、そのまま制服を脱いで、身体を洗って湯船に浸かる。


 ⋯⋯危ない。つい動揺からか、いつものような顔が出来なかったかも。


 南ちゃんと優真が両想いにならなくて良かったと思ってしまう私と友達として優真を心配する私。

  もう。色々と取り繕うのが限界なくらい動揺してるな私。


 それに失恋くらいで、なんてよくこの口で言えたものだ。自分は告白すら出来ていないのに。⋯⋯好きな人に想いを受け取って貰えない苦しみは分かってる癖に。


「はぁ〜。最低。キレー事ばっか」


  片想い拗らせて、優真から貰った白猫のピアスをずっと付けてる癖に、優真に失恋してしまったら、私はいつも通りの私で居られるのか分からなくて怖い癖に。


 でも、優真が飛び降りをして腹立たしい気持ちになったのも確かだ。私があの時に優真に出会ってから、私がどれだけ優真が好きで優真に振り回されたか知らない癖に、大切な人に勝手に居なくなられたら、私はまた、どうすればいいんだ、と。優真に自分勝手に腹が立っていた。


 まぁ、でも⋯⋯。


「私が一番、腹立つ奴は自分、……か」


 あの時に告白して、いっそ清々しく優真に振られていたら、私は今のように優真へ取り繕えただろうか。


 本当の想いを伝える事を恐れて、逃げた癖にそんな事を考えてしまう。


 湯船の水面に映る私は今までで一番酷い顔をしていた。








「優真はシャワー浴びる? 傷口に染みるだろうけど」

「うん。……浴びてくる」


 私に返事をした後、のそのそと勝手に置いてるスウェットとタオルとバスタオルを持って浴室に行った。いつもしっかり伸びて姿勢の良かった背筋が、今日はなんだか曲がっていて頼りない。


  やっぱり、南ちゃんに失恋した後だから元気ないな。このままだとご飯も食べないとか言いかねない……。


  後、地味にさっきドラッグストアで買ったやつは使えそうかな。なんて、頭の中でウジウジ悩んでる片想い絶賛拗らせ中の私を背負い投げしてぶっ飛ばして、友達モードの私として優真の心配をしていた。


 うん。いつもの紫亜ちゃんインストール。


「よし。⋯⋯これで多分大丈夫」


  スマホのカメラアプリを起動して、内側カメラで赤い瞳の自分の表情を確認する。少し深呼吸をして、人好きする笑顔で自分の表情筋を伸ばすと、台所に行って優真が食べやすいようにふりかけかけたおにぎりとインスタントの味噌汁を用意する。


 簡単だけど、食べやすいしね。


  私も同じ物を用意すると、これまたよろよろと優真がスウェットを着て浴室から出てきた。


「あ、優真。傷口の絆創膏貼り替えてね〜。後、湿布もあるから打撲した所にまた貼っときなよ〜」


 そう言いながら、優真を座るように促して絆創膏と湿布を渡す。


 優真は大人しく、私に言われた通り貼り替えていた。


「優真、ご飯食べる?」

「そんな気分じゃない」

「まあまあ、そんな事を言わないでよ。食べやすいようにおにぎりと味噌汁を用意したから、これくらい食べて」


 あえて語気強めに言って、優真の前に用意する。

私に言われたからか、観念したように「いただきます」と言って食べ始める優真。


「いただきます」


 優真が食べ始めたのを見て、私も手を合わせてから、味噌汁を啜った。


 ご飯を食べ終わると、優真は「もう寝るから」と言って寝室へ。多分、もう何にも考えたくないのかもしれない。


「一人にさせとこう。一人になりたくて私の家に上がり込んで来たんだろうし」


 今日は私のソファーで寝るか。まぁ、その前に食べた食器洗ったり、お風呂掃除したり、今日の勉強の復習とか予習もしたいからやる事いっぱいだ。


  一応、ウチの高校って進学校だから、入試で真ん中よりちょい上の順位の私は勉強しないと、その真ん中からちょい上も維持出来なくなっちゃうだろうし。 


「皆、頭良いからなぁ〜」


  入試の結果は優真は学年で六位だって聞いたし、エルちゃんは二十位くらい。南ちゃんは三位だった。


 正直、優真がこの進学校にした理由なんて幼馴染の南ちゃんが行くからだったし。優真から離れたくなかった私はお陰で私は死ぬ物狂いで勉強する羽目になった。


  ⋯⋯まさか、なんで優真が南ちゃんと同じにこだわった理由が私と同じだなんて予想してなかったけど。


  恋は盲目、というのは本当だな。

 私は鏡に映る自分を見てから、ちらりと寝室の場所を一瞥した。

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