第6話 崩壊

 私のすぐ後ろで声がした。


 「あはははは。ここから出られやしないよ」


 振り返ると、私のすぐ後ろに・・首を持った骸骨が立っていた。両手の中の首が言った。


 「手こずらせてくれたね。お礼に・・たっぷりといたぶって・・それから食ってやるよ」


 恐怖で私はその場に崩れ落ちてしまった。


 もうだめだ・・


 そのときだ。壁に掛かってる肖像画の一つがピカリと光った。その画から、幾筋ものまばゆい金色の光が放射されて、たちまち玄関ホールが金色に包まれた。


 その光が薄らいだとき・・ホールの中央に一人の男性が立っていた。背の高い男性が、モーニングのような黒い礼服を身に着けて立っていたのだ。


 男性が骸骨に向かって口を開いた。


 「亜希。もうやめなさい」


 骸骨が男性を振り向いた。手の中の首から、驚いた声が出た。


 「お父様・・」


 「亜希。お前はもう死んでいるんだ。もう、人の肉を食べるのはやめなさい」


 首が叫んだ。


 「私がこんな身体になったのも・・お父様のせいなのよ。人肉を食べるようになっても・・手当もしてくれなかった、お父様のせいなのよ」


 男性が憐れむような眼を骸骨に向けた。


 「医者に頼んで手を尽くしたんだが・・お前の病気は治らなかった。それは、申し訳ないと思っている。・・でも、お前はもう死んでいるんだ。もう、安らかに眠りなさい」


 すると、骸骨の眼が光った。口からくぐもった声が出た。


 「食らえ!」


 骸骨が口を大きく開けた。そこから真っ赤な炎が飛び出して、男性を襲った。男性が両手を前に突き出す。男性の両手が、そこに眼に見えない透明な壁を作り出したようだ。炎がその壁に当たって止まった。炎はそのまま大きな塊になって、男性の全身を包み込んだ。炎の一部が天井に跳ね返って、天井のシャンデリアを焼いた。シャンデリアが床に落下して、ガシャーンという大きな音を立てて砕け散った。


 真っ赤な炎が収まったとき、男性は同じ場所に平気な顔で立っていた。すると、男性がホールの壁に歩いて行った。壁に掛けてあった洋弓を手に取った。弓に矢をつがえて骸骨に向けた。


 「亜希。安らかに眠りなさい・・」


 矢が骸骨の首に向かって飛んだ。そのまま、骸骨の額に突き刺さった。


 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 断末魔の声がホールに響き渡った。


 骸骨が床に倒れて・・そのまま動かなくなった。やがて、薄くなって・・消えた。


 すべては一瞬の出来事だった。私はなんだか夢を見ているように、ドアの前に倒れ伏したまま、呆然と二人の対決を見ていたのだ。


 すると、私の眼の前の鉄製のドアが音もなく開いた。男性の声が聞こえた。


 「さあ、早くここから逃げなさい」


 その声で私は我に返った。


 私は立ち上げると、男性に聞いた。


 「あなたは?」


 男性が私に言った。優しい声だった。男性の後ろに、女性の姿がうっすらと浮かんでいるのが見えた。


 「私は亜希の父です。亜希は私たち夫婦の一人娘でした。亜希は・・二十歳になった日から、何故か人肉しか食べられない体になってしまいました。私たちは、そんな亜希のために・・罪深いことを繰り返したのです。私と妻はなんとか亜希を治そうとして、八方手を尽くしたのですが・・うまくいかず・・とうとう、私たちは亜希を殺して、死体をコンクリートの中に閉じ込めたのです。そして・・私たちは、自ら命を絶ちました。しかし、亜希の精神は死んでいませんでした。そして、亜希は夢であなたをおびき寄せ、コンクリートを壊させて・・さらに、あなたを食べて自分の肉体を復活させようとしたのです」


 男性の後ろの女性の姿が明確になった。白いドレスをまとった美しい女性だった。男性がチラリと女性に目をやると、再び私に向き直った。


 「亜希を安らかに眠らせるために・・こうして、私たちはこの世に蘇ったのです。私たちは罪深い家族です。あなたを助けたのも・・私たち家族の所業に対するお詫びに他なりません。さあ、もう時間がありません。あなたは早くここから逃げてください」


 すると、壁や天井から埃が落ちてきた。建物が崩れ始めたのだ。男性がもう一度言った。強い声だった。


 「この屋敷は、まもなく崩壊します。さあ早く、ここから出なさい」


 その声に背中を押されるように、私は夢中でドアの外に飛び出した。


 外はまだ明るかった。私はストッキングのまま庭を走った。下草で何度も足を取られた。私は走った。心臓がバクバクと鳴って、今にも口から飛び出しそうだ。


 庭を突っ切って、あの門扉を開けて・・民家の間の道路に飛び出した。道路には誰もいなかった。


 道路に出て、やっと安堵を感じた。


 もう大丈夫だ・・


 私はそのまま道路に座り込んでしまった。荒い息を吐きながら見ると、私のストッキングがボロボロになっている。足は擦り傷だらけだ。


 周囲を見ると・・周りの家からは夕食の準備をする音が聞こえていた。日常があった。


 そのとき、私の背後で大きな音がした。


 思わず振り向いた私の眼の前で・・あの陰鬱な洋館が轟音とともに崩れ落ちていった。


          了

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悪夢 永嶋良一 @azuki-takuan

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