第4話 食材

 骸骨が大きく口を開けた。口の中に、茶色に変色した歯が並んでいるのが見えた。骸骨の顔がゆっくりと私の顔に近づいてくる・・


 私は骸骨の胸に両手を当てて、骸骨を押し返そうとした。だが、無駄だった。骸骨はピクリとも動かない。


 骸骨の顔が私の眼の前に迫った。私は顔を逆方向に向けた。


 そのときだ。骸骨が私の首にかみついた。骸骨の歯が私の首の皮膚をかすめて・・・閉じた。ガチャリという歯が噛み合わされる音が私の耳のすぐ横で響いた。かびの胞子のような微細な何かが私の眼の前で踊った。首筋にわずかな痛みが走った。次の瞬間、生温かいものが首筋を流れてくのが分かった。血だ。骸骨の口から、何やら舌のような黒いものが延びて、私の首筋を舐めた。


 私の背筋に冷たいものが走った。


 これがキス?・・


 骸骨が顔を上げた。私の顔と接するような近さだ。さっきの黒いものが舌なめずりをするように口を舐めた。その口から声が出た。


 「ひひひ・・血は旨いねぇ・・」


 私は骸骨の顔を見つめて叫んだ。


 「やめて! どうして、そんなことをするの? 私はあなたをコンクリートから出してあげたのよ」


 骸骨が再び口を開いた。また茶色の歯が見えた。口の中から、何かが腐ったようなえた臭いが漂ってきた。声が響いた。


 「私は死んだわ。でも、コンクリートの中で肉体は滅んでも・・精神は滅びなかったのよ。そしてね、コンクリートから出るために、あなたに夢を送ったの。いつも、この家の前を通るあなたにね。それはね、あなたを使ってコンクリートを壊すため。そして・・あなたを・・コンクリートから出た私の食材にするため」


 「食材ですって!・・・」


 「そう。あなたは、私の餌となるのよ。そして、あなたの血と肉が、そのまま私の血と肉になるのよ」


 私の顔から血が引いた。私は必死になって懇願した。


 「やめて、亜希さん。あなたは使用人に殺されたのよ。もう生きていないのよ。どうか、安らかに眠って・・」


 骸骨の口から乾いた笑い声が出た。


 「あはは。私が使用人に殺されたというのは、真っ赤な嘘だよ。私はね、二十歳の誕生日を迎えた日から、生きている人間を食べる食人鬼になったのさ。理由は分からないけどね。それで、家族が私をコンクリートの中に閉じ込めたんだよ。そんな家族を、私は呪った。お陰で私の家族は全員死に絶えたのさ。でも、私はコンクリートから出られなかった。そして、年月が経って・・少し前にコンクリートを覆っていた板壁が崩れて、コンクリートがむき出しになったので、やっと誰かと話ができるようになったというわけさ。・・そこで、お前を使って、コンクリートを壊させたんだよ。次はお前を食ってやるよ。ああ、人間の肉は久しぶりだね。腹が鳴るよ。おっと、私の腹はもう無くなっているんだから、腹は鳴らないんだったね。あはははは」

 

 そう言うと、骸骨は両手で私の肩を強く押し下げた。私は尻もちをつくような形で、床に押さえつけられた。尻を床につけて、両手で両足首を抱えるような・・そう、まるで体育座りをしているような格好で座らされてしまったのだ。


 私の眼の前には骸骨の二本の足があった。顔を上に向けると、骸骨の顔があった。骸骨は私の前に立って、私の肩を押さえつけながら私を見下ろしている。


 骸骨の口から勝ち誇ったような声が出た。


 「さあ、もう逃げられないよ。大人しく、私の餌になりな」

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