夢の9回目、その先に

村良 咲

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 私は、本当に『あれ』をこの家の縁の下に埋めたのだろうか。


 夢の中では、この家の建て替えが決まった時に、そうだ、コンクリートを流し込む前に、穴を掘ってそこに入れてしまえば、誰にも気づかれないまま、『これ』を永遠に葬り去ることができる。私はそう考えていた。


 そしてあの日、大工さんたちが帰った後、私はあそこに『それ』を埋めた。翌朝からコンクリートを流し込むからと、そう父に話していたことを私はちゃんと聞いていた。


 上手くいった。


 これで私が『あれ』を隠したことに気づく人はいない。永遠に。


 夢の中で私はほっと胸を撫で下ろしていた。


 ……はずだった。


 が、それには続きがあったんだよと、まるで夢が語り掛けてでもくるように、続きの夢が現れるようになっていた。


 その夢を数え始めて、9回目だった。


 私がなぜ夢を数え始めようと思ったのかといえば、以前、隠すことに成功した夢を見ていたときにも、そのくらいの回数の夢を見たあとに、夢の続きが現れたからだった。


 場面が変わる。私は『それ』を埋めようとしていた。が、そこでふと思ったんだ。もし数十年経って今の父たちのように、私じゃない誰かがここを建て替えようとしたとき、『これ』も掘り起こされてしまうのではないか。その時、私がしたことがバレることになる。私はその時に生きているだろうか?いや、死んでいればいいってもんでもない。


 ダメだ。ここに埋めてはダメだ。夢の中で私はそう考えていた。


 8回目までもそうだった。私は『それ』をどうすることもできずに、さんざん悩んだ挙句、冷凍庫の奥に『それ』をしまった。ただ、不思議なことに、その私は、少し年齢が上がっていた。私は、私の家の冷凍庫に『それ』を入れていた。建て替えの夢の時は、父もいた実家の建て替えの時の夢だった。


 冷凍庫ならまず安心だ。夢の中で私はそう思っている。年齢の上がった私には夫がいて、夫が冷凍庫を開けることは数えるほどしかないし、開けたとしても暑い夏に私が買い置いた夫の好きなアイスを取り出すときだけだ。奥の奥のほうなど見向きもしない。どうせ冷凍した食材が入っているだけだろうと思っているのだろう。


 そして、9回目に見たこの夢のあと、また続きと思われる夢が現れた。


 夢の中では数年が経ち、いつの間にか私は母親になっていた。そして常に不安に襲われるようになっていた。娘がいつか『これ』に気づいてしまうのではないか。どういうわけか私の娘は料理をすることが好きなようで、だんだん料理が上手くなる娘の存在が私に脅威をもたらせていた。冷凍庫にある『あれ』をなんとかしなければ……


 夢の中なのに、感情が私で、夢の私に語り掛けている。早くなんとかしないと!『それ』をいつまでも手元に置かないで、どこか誰にもわからない場所に……いっそ、捨ててしまえばいいんだ!


 どこに捨てる?どこかに埋めてしまう?いやだからそれではダメだ。誰かに見つけられてしまうかもしれないじゃないか。じゃあ何か重りを付けて海にでも……ダメだ。形のあるまま捨てたらいつか誰かの目に触れることがあるかもしれない。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 

 さんざん悩んだ私は、夫に言ったんだ。その頃の夢の中の私は、もう白髪交じりで、夫もそうだった。


「ねえ、実家もいつまでもあのままにしておけないし、ここは娘夫婦にやって、私たちはあっちに引っ越そうよ。壊して平屋くらいにするのがいいんじゃない?」


 夢の私は、やっぱりあそこに埋めておけばよかったんだと考えていた。この歳まで生きていられるんだったら、最初からそうすればよかったんだと思っていた。


 場面が変わる。夢の中で、建て替えている最中で、私は『あれ』を埋めた。これで大丈夫だ。もうずっと誰の目にも触れない。……いや、なにが大丈夫なんだ。だから、ここじゃいつか誰かが見つけてしまうかもしれないじゃないか。これでは意味がない。


 でも、もう、どうしていいのかもわからない私は、そこに埋めた。


 そして私はを見た。


「いずれの私が、きっとこれを守ってくれる。ここだよ、ここに埋めたからね」と、そう言った。


 夕べが、この夢の9回目だ。


 私が埋めた『あれ』を、が守らないとということだろうか。


 次の夢は、に何を伝えてくるのだろう……

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夢の9回目、その先に 村良 咲 @mura-saki

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