セッション

白川津 中々

◾️

壁が薄かった。

引っ越して三日目。眠れずノイローゼ。隣人のクズは夜行性で迷惑を顧みず朝方まで騒ぎ立てる輩。「死ね」と怒鳴ったら「リバースカードオープン! 死者蘇生!」とか言ってゲラゲラ笑ってきやがる(まだ死んでねぇんだから効果対象外だろふざけんな)。とうとうブチギレた俺は楽器屋でバスドラムを買い夜間に怒涛の8ビートをお見舞いしてやる事にした。有給をとって備える事25時間。奴が動き出す。間髪入れずに始まるナイトフィーバー。遠慮もなにもないいつもの夜が開幕だ。しかし今日に限っては望むところ。俺はパワー全開でバスドラを捌いた。


ドンドンドドンドンドンドドン。


鳴り響く低音の衝撃。サンバのリズムを知ってるかいといわんばかりのパーカッション。これなら向こうも大人しくなるだろう。そう思った矢先、壁の向こうから音が鳴り響く。


チャチャタンチャチャタンチャチャタン。


スネアとハイハットのコンビネーション。バスドラに合わせてきやがった! 


負けられるか!


意地となりひたすら連打。際限なく合わせてくる隣人。時折挟まれるフィルインが心地よく、夜を深めるセッションが地域一体を震わせる。


気がつくと窓から見える景色に異変。花壇の枯れた草木が伸び、いつもカーテンを開けっぱなしにしている斜向かいの寝たきり老人が起き上がって走り出し、近くの墓地からは人魂がゲーミングライトみたく虹色に光り始めた。二人のビートが新世界の幕を開け常識を覆す。エクセレント。刻まれる歴史。名もない団地に伝説が生まれた瞬間であった。


翌日、俺は引っ越しを決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セッション 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ