第4章 真の神として④
4.3 神の行進
4.3.1 神の衣装
鏡の中に映るわたしは、もはや人間とは呼べないものになっている。
異形の体は月の光を宿した白磁のように透き通り、長い銀髪は真珠の繊維で織られた絹糸のごとく流れている。
純白の牙が艶めき、八つに裂かれた長い舌がわずかに蠢いた。
レアとミナが、慎重にわたしの衣装を広げた。指先が震えている。
畏れを込めた敬虔な手つきだ。
「さあ、シノ様――」
「ええ、いいわ」
わたしは甘く囁くように言いながら、両腕を軽く上げた。
白磁の指が触れるたびに、指先に移るかすかな温もりが心地よい。
今からわたしが纏うものは、ただの布ではない。これは天上の衣。
神の姿をさらに昇華させるための装束。
軽やかな純白の布は、光を受けて半透明になり、銀の糸で刺繍された精緻な模様が浮かび上がる。
流れる水のように滑らかな生地は、指の腹でなぞるたびに、かすかな快楽を生む。
「お美しい……」
ミナが頬を染めて言う。
彼女の黄金色に輝く瞳が、眩しいほどの崇拝を込めてわたしを見上げていた。
レアも同じく、細く白い指を慎重に動かしながら、敬意に満ちた声で囁いた。
「白き輝き……これほど美しい御姿を見たことはありません……」
衣装は緩やかに身体を包みながら、胸部とウエストラインを強調するように作られていた。
軽やかに揺れる裾には無数の銀糸が織り込まれ、動くたびに光をまとったように輝く。
背中の尻尾はしなやかに揺れ、腰のくびれに沿って流れるような曲線を描く。
白く半透明の翼は、柔らかな布に包まれ、神秘的な輪郭をぼかしていた。
額には細やかな細工が施された銀の冠がそっと置かれ、一本の角をより神々しく引き立てる。
「シノ様……お美しい……」
レアの震えた声が、静寂の中に溶ける。
彼女の指先がわたしの腰にそっと触れ、繊細な刺繍が施された衣装を整えた。
「ふふ……ええ、そうでしょう?」
わたしは甘く微笑みながら、八つに分かれた舌を軽く舐め、長く白い爪をすらりと動かした。
鏡に映るわたしは、確かに美しく、完全に非人間的な何かだった。
「これが、わたしの新たな肌……」
銀色の長髪をかき上げながら、わたしは恍惚とした声を漏らした。
わたしの美しさは、もはや人間の枠に収まらない。
レアとミナがわたしを支えながら、慎重に動きを合わせてくれる。
彼女たちの熱を感じながら、わたしはそっと目を閉じる。
「さあ、わたしを見なさい」
鏡の前で静かに腕を広げた瞬間、長い袖が優雅に舞い、まるで天上の神が降り立ったかのような光が布の表面に弾けた。
レアとミナが震えた声で囁く。
「……美しい……」
「神の衣……」
わたしは薄く笑った。
これがわたしの新たな神の衣装。
これが、わたしの新たな皮膚。
これが、わたしの新しい肉体。
わたしはついに、真の姿へと至ろうとしていた。
4.3.2 信者たちへの啓示
澄み切った白の中に、わたしは降臨する。
聖堂として整えられた空間は、まるでこの世の理から隔絶された異界。
冷たい蛍光灯に照らされた白磁の壁、艶めく白床、その中心の玉座にわたし鎮座していた。
白磁の肌は、光を受けてなお陰りを見せることはなく、月光のような銀髪は足元に広がり、純白の翼がゆるやかに揺れる。
12本の指を持つ両手を組み、純白の蹄で揃えた足先を床に添え、透き通るようなフルートの音色の声で、シノは信者たちを見下ろしながら告げた。
「愛しきわたしの子どもたち。――夜が満ちるわ。新たな光が、闇の中に芽吹くのよ」
わたしの両脇には、二人の使徒。
レアは深紅の眼で、ミナは黄金の瞳でわたしを仰ぎ、立ち上がろうとすると、すかさず腕を支えた。
レアとミナの支えを受け、ゆっくりと歩みを進めながら、わたしは集まった信者たちに語る。
「わたしたちの光を、より遠くへ届けましょう。あなたたちは天使――夜の街へと羽ばたき、わたしたちの愛を囁くのよ。絶望に沈む者たちに、わたしたちの国の扉を開いてあげるの。彼らの魂を、ここへ導きなさい」
夜の街に散る信者たちの姿が、シノの脳裏に描かれる。
闇に怯え、痛みに耐え、孤独に沈む者たち――
彼らが、わたしの言葉に惹かれ、白き光の中へと足を踏み入れるのを想像すると、喉の奥が甘く震えた。
「わたしたちの美を示すの。わたしたちの愛を――」
指先を持ち上げる。
その12本の指のすべてが、滑らかな白の曲線を描く。
「インターネットの世界にも、わたしたちの楽園を築くわ。闇の中で彷徨う子羊たちが、わたしたちの光に気づくように……」
美と神秘の理想郷――
それを視覚化し、広めるための「神の国」の創造。
ただの言葉ではない、ただの教えではない。
わたしたち自身が「神の美」の体現者であることを、世界へと示すのだ。
「変革を望むすべての人へ――」
この言葉が、洗練された映像とともに、無数の虚無に飢えた者たちの心へと浸透していくのを想像し、わたしは陶酔の吐息を漏らした。
「さあ――救済の扉を開きましょう。夜はわたしたちのものよ」
その言葉とともに、信者たちは恍惚とした表情で頷き、夜の街へと散っていく。
絶望と孤独に沈む者たちを、「白華神美新生(ヴァイス・ブルーテ)」の聖域へと導くために。
彼らの背を見送りながら、微笑んだ。
「わたしのもとへおいで……」
甘美な囁きは、夜の深淵へと溶けていく。
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