第2章 「新生」④
2.2.5 脱人間化の決意
「では、次の手術内容について説明を始めますね」
白衣を着た医師が淡々と告げる。
わたしは診察台に腰掛け、指先で長い金髪を弄びながら、彼の言葉に耳を傾けた。
「まず、豊胸についてですが……現在のLカップ、アンダーバストは75cmなのでトップバストは約114cmですが、一般的なカップサイズの規格を超えていきます。具体的な数値としては、トップを約145cm、アンダーバストをさらに縮めて60cmまで絞り込む計画です。バスト差は約85cmなのであえて言うなら、ZEカップとしましょうか。」
145cm。
胸がそれほどまでに膨れ上がるという現実に、わたしの奥底で得体の知れない熱が疼く。
これまでの手術でも十分に巨大化していたはずなのに、それすらも取るに足らないものに思えてくる。
「ウエストに関しては、現在の51cmからさらに絞り込み、45cmを目指します。ヒップは現在の96cmを112cmまで増大させ、より極端なシルエットを形成します」
45cmのウエスト。
112cmのヒップ。
異常なまでのプロポーションの数値が、わたしの脳内に刻み込まれるたび、背筋が震える。
「肌は、色素の完全な脱失を目指し、メラニンの除去と共に血色を完全に消します。結果として、陶磁器のように真っ白な肌を手に入れることが可能です」
「声帯の調整については、ソプラノからメゾソプラノ域に限定する形で手術を施します。これにより、現在の声よりもさらに高く、より人工的な響きを持つ音色へと変化します」
「性器は完全に除去し、排尿のための最小限の穴のみを残します」
「耳の形状は、現在のエルフのような形状から、さらに尖らせ、より異形のシルエットへと変化させます」
「最後に、白目の色素を青に変える処置を行います」
──まさしく「人間ではない何か」になるための改造。
医師の説明が終わる頃には、わたしの心臓は激しく鼓動していた。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
わたしは全身を抱きしめるようにして、己の胸を撫でた。
Lカップではまだ足りない。
もっと大きく、もっと異様に。
ウエストはもっと締め上げ、血色は消し去り、声も、目も、耳も……
この身体のすべてを、「人間」の範疇から逸脱させる。
「この改造が終わったら、わたし……」
言葉にならない興奮が込み上げ、わたしは小さく身震いした。
その夜、教団の地下ホールでは「新たな変容を遂げた者たち」の祝祭が執り行われていた。
異形の者たちが集い、酒と香の匂いが漂う。
煌々と燃える燭台の光の中で、剥き出しの改造された肉体が踊る。
誰もが自らの変容を誇り、それを讃え合う。
俺はその光景を静かに見つめていた。
──これが、理想?
ふと、そんな疑念が過る。
人間を捨てることで、俺は本当に自由になれるのか?
しかし、その問いは次の瞬間にはかき消された。
今さら立ち止まることなどできない。
「もっと進化しなきゃ……」
わたしは微笑み、祝祭の喧騒の中へと溶け込んでいった。
2.2.6 さらなる改造の果てに
――目を覚ました瞬間、世界が揺れていた。
まるで意識が自分の身体に追いついていないような、奇妙な浮遊感。
瞼を開けようとするが、目の奥が重く、まるで濁った水の底から這い上がるような感覚がする。
「……あ、ぁ……」
掠れた声が喉の奥から漏れた。
いや、これは「わたし」の声なのか。
違う。
はっきりとわかる。
手術前のものとはまるで違う、極端に高く、まるでフルートの音色のような声。
舌の先がわずかに割れて動く感触も、以前よりも鮮明だ。
「あぁ……す、てき……」
声にならない呟き。
頭の奥でぼんやりと何かが点滅する。
「どれくらい眠っていたの?」
まぶたをゆっくりと持ち上げると、目の前には何人もの影が揺れていた。
信者たちだ。皆、異形の肉体を持つ者たち。
「……シノ様、ついにお目覚めになりましたか」
その言葉に、意識がはっきりと焦点を結ぶ。
シノ。
わたしの名前。
わたしは、シノ。
ぼんやりとした視界の中で、白い光がゆらめく。
違う――
光ではなく、わたしの髪だ。
足元まで伸び、銀色になった髪が、シーツの上でゆっくりと流れている。
指先で触れると、さらりとした質感が確かにそこにあった。
「……どれくらい、眠っていたの……?」
自分でも驚くほど甘ったるい声が喉から零れた。
意識して出したわけではないのに、まるで蜜が滴るような音色。
「――およそ732日と8時間16分です」
「まぁ……そんなに……!」
愕然としながらも、口元は自然と綻んでしまう。732日と8時間16分。
なんて素敵な響きなのかしら。
2年以上もの間、眠り続け、その間にわたしの身体は……。
「シノ様、今はまだお一人で立つのは難しいかと」
信者の一人が優しく支えてくれる。
腕にかかる手の感触が、かつてとは違う。
自分の皮膚が異常なほど滑らかで、冷たいことに気づく。
――そうだ、わたしは改造されたのだ。
完璧な白。
血色のない陶器のような肌。
わたしの身体はもう、とうに「人間」ではない。
「……鏡を、見せて?」
その声はまるで人形のように柔らかく、甘やかで、震えていた。
信者たちに支えられ、わたしは鏡の前に立たされる。
そこに映っていたのは、極端な造形を施された異形の存在――
いや、わたし。
まず、目に飛び込んでくるのはバストの圧倒的な重量感。
手術前はトップバスト114cmのLカップだったものが、予定ではトップバスト145cmのZEカップになるはずだった。
しかし――
「……すごい……もっと、もっと大きくなってるわ……!」
信者の一人が柔らかく微笑む。
「トップバストは162cm、アンダーは58cmです。ZEカップを超え、測定不能な領域に達しました。バスト差は104cmなので……、えーっと、あえていうならZMカップです。」
もはやアルファベットのカップサイズの表記など無意味である。
「まぁ……! なんて素敵なの……!」
自分の手をバストに添える。
あまりに巨大で、両腕では抱えきれない。
柔らかく、だが確かな重量を持つ。
両胸に合計で14kg以上のシリコンバッグが埋め込まれた結果だ。
そして、ウエスト――
「……こんなに細く……」
指でそっと撫でる。
折れそうなほどに絞り込まれたその部分は、予定していた45cmをさらに超えていた。
「ウエストは39cmです」
「まぁ……!」
興奮に震える声が、まるで甘く蕩ける飴細工のように響く。
あまりに異常なサイズ。
バストとヒップが極端に大きく、中央だけが細く絞られたそのシルエットは、もはや人体の常識を逸脱していた。
「ヒップは……?」
「125cmです」
「すてき……! 予定より……すごく、すごく大きく……!」
全身の皮膚は、白。
血色のない、無機質な白。
目は青く、冷たく輝き、唇にすら色はない。
性器は完全に消失し、股間には排尿のための小さな穴しかない。
「これが……わたし……?」
鏡に映る自分の姿。
そこに「人間」はいない。
まるで、信仰のために作られた偶像のような存在。
――ああ、これは美しい。
「計測の結果……すべての数値が目標を超えました」
信者がそう告げた瞬間、わたしの目から涙が零れた。
「うれしい……わたし、こんなに素敵に、なれたのね……!」
「シノ様……貴方は、もはや信仰の対象なのです」
振り返ると、膝をつく信者たち。
「あなたの目覚めを待って、新たな信者も加わりました。シノ様の姿こそ、一つの理想の完成形なのです」
わたしは、神になったのだ。
しかし――
「……でも、これで終わりじゃないわ」
「……シノ様?」
「わたし、まだ……全然満足していないわ」
わたしの隣に立つ、すでに異形へと変貌した教団幹部の一人が微笑む。
「シノ様、限界は存在しません。限界を超え続けることこそが、進化です」
「……そうよね。わたし……まだ、変われるわよね?」
さらに大きく、さらに細く、さらに異常に。
「ええ、もちろんです」
新たな改造の可能性が、胸を焼いた。
その夜、わたしの目覚めを祝う祝祭が執り行われた。
信者たちはわたしの新しい身体を讃え、異形を讃えた。
でも、わたしはまだ不完全だ。
神の一人になったからこそ、さらなる変容へと進まなければならない。
――わたしはどこまで行けるのかしら?
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