第1章 違和感⑤
1.3 改造の始まり
1.3.1 逸脱と堕落
高校には、最初から馴染める気がしなかったし、馴染む気もなかった。
地域で一番の底辺校。
学力も低ければ、荒れ方も半端じゃない。
廊下で煙草を吸ってるやつがいても教師は見て見ぬふりだし、ヤンキーのカーストが校則より強い。
まともに授業を受けようなんて気のあるやつは、最初からこんな学校には来ない。
それでも、俺は一応入学した。
理由は単純で、家にいたくなかったから。
家庭に居場所はなかった。
親は俺のことなんかどうでもよかったし、俺も親に何かを期待していなかった。
ただ家にいると、皮膚がチクチクするような息苦しさがあった。
俺は、ここにいるべきじゃない。
もっと違う場所があるはずだ。
——そう思い続けてた。
でも、その「違う場所」がどこなのかは、まだ分からなかった。
学校なんてどうでもよかった。
最初から通う気なんてなかった。授業中はイヤホンをつけて俯いてるか、机に落書きをしてるか。
教師が注意してきたら、適当に舌打ちして無視した。
この頃、ピアスを開けるのにハマっていた。
最初の頃はは安全ピンで開けていた。
痛みが快感だった。
自分の体に穴が増えるたびに、少しずつ「俺じゃない何か」に近づいていく気がした。
高校生になってからは、ピアッサーを買った。
耳、眉、鼻、舌、鎖骨下……ピアスの数が増えていくたびに、鏡の中の自分が少しずつ「まとも」から遠ざかっていくのが気持ちよかった。
当然、学校ではすぐに問題になった。
教師に呼び出され、「指導」されるたびに反発した。
こんなクソみたいな学校で、校則なんか守るやつがいると思ってんのか?
停学を食らっても気にしなかった。
むしろ、もう学校に行かなくていい理由ができたことが嬉しかった。
数ヶ月で、俺は完全に学校を辞めた。
家にいる理由もなくなった。
俺は、夜の街に出るようになった。
最初は、ただの暇つぶしだった。
適当に駅前を歩いて、柄の悪そうなやつらと目が合えば絡んで、どうでもいい会話を交わして。
気づいたらバーやクラブの中にいた。
最初は年齢なんて気にしてたけど、何度か出入りしてるうちにどうでもよくなった。
金さえ払えば、誰も気にしない。
酒を飲んで、適当に誰かと話して、気が向いたら誰かの家について行った。
「売る」ことに抵抗はなかった。
むしろ、そのほうが楽だった。
どうせ俺の身体なんて、俺のものじゃない。
触られても、舐められても、どうでもいい。
相手が男でも女でも、関係なかった。
ただの取引。
金をもらえれば、それでいい。
ドラッグも、すぐに手を出した。
市販薬のオーバードーズは以前からやっていたので慣れている。
最初は軽いものから。
クスリをキメると、身体が軽くなった。
思考が溶けて、現実から切り離されていく感覚があった。
最高だった。
どうせ俺は普通に生きられない。
だったら、壊れるしかない。
——そんな考えが、頭のどこかに常にあった。
ある夜、店で知り合った男に、冗談半分で「女の格好したら似合いそうだよな」と言われた。
俺は、その言葉を聞いた瞬間、何かが弾けた気がした。
女の格好。
それは今まで考えたこともなかった。
でも、妙にしっくりくる気がした。
翌日、適当に服を漁って、化粧を覚えた。
ウィッグをかぶって、派手なピアスをつけて、女のように振る舞ってみた。
鏡に映る「俺」は、「俺」じゃなかった。
それが、たまらなく気持ちよかった。
呼吸が浅くなる。
指先が震える。
興奮しているのが自分でも分かる。
——これだ。
俺は、こうやって変わっていけばいい。
「普通の生き方」なんてできない。
でも、それなら「普通の俺」なんていらない。
俺は、もっと変わるべきだ。
もっと、もっと。
——そう思った時には、もう後戻りできなくなっていた。
1.3.2 最初の変化
「もっと綺麗になれるよ。お前なら絶対に」
そう言ったのは、俺を買っていた男の一人だった。
夜の街で女の格好をして金を稼ぎ始めた頃、そいつは俺の体を気に入って、何度も指名してきた。
歳は三十代後半くらい、金を持っていて、俺にいろんなものを教え込んだ。
化粧の仕方、どうやれば客を満足させられるか、どんな言葉を使えば高く売れるのか——
そして、「もっと変われる方法」も。
「普通の整形外科じゃやってくれないようなこともな、ここなら頼めばなんとかしてくれる」
そいつが教えてくれたクリニックは、普通のやつじゃなかった。
雑居ビルの裏口から入って、狭い階段を降りた先にある、小さな診察室。
古い医療機器と、妙に薬品の匂いがこもった部屋。
金さえ払えば、年齢なんて関係ない。
どんな顔にも、どんな身体にもしてくれる。
俺が最初に受けたのは、ヒアルロン酸注入と鼻と顎の形成だった。
施術はあっけなく終わった。
麻酔が効いていたから痛みはほとんどなかった。
ただ、針が皮膚に入る感触だけが妙にリアルで、生々しかった。
終わったあと、鏡を渡された。
「どう? ずっと変えたかったんでしょ?」
医者が笑いながら言った。
鏡の中を覗き込む。
そこに映っていたのは、俺の顔じゃなかった。
元々中性的だった顔は、より女性的なバランスになっていた。
鼻筋はすっと通り、顎のラインは細くなっている。
頬がわずかに膨らんで、唇もふっくらとした形に変わった。
肌の腫れはあったけど、それすらも妙に美しく見えた。
俺の顔にはすでにいくつものピアスが開いていた——
目尻、鼻、耳、眉、舌。
その金属の光が、新しく作られた顔の輪郭をより際立たせていた。
「……すごい……」
声が震えた。
指先が、鏡の表面をなぞる。
俺の顔を、俺の手が触っているのに、それが本当に俺なのかどうか分からなかった。
でも、その違和感がたまらなく気持ちよかった。
ゾクッとするような感覚が、脊髄を駆け上がる。
生まれて初めて、自分自身を見て「美しい」と思った。
この顔になった俺なら、もっと高く売れる。
もっといい客を捕まえられる。
もっと、もっと変われる。
でも——
足りない。
まだ、全然足りない。
たったこれだけの変化じゃ、まだ「本当の俺」にはなれない。
身体の奥から湧き上がる衝動。
もっと削りたい。
もっと足したい。
もっと、変えたい。
俺の中にある「本当の俺」を、この身体の中から掘り出すために。
「次は、何をしたらいい?」
気づけば俺はそう訊いていた。
クリニックの医者は笑って、言った。
「お金を持ってくれば、いくらでも変えてあげるよ」
その日から、俺はもっと激しく女装するようになった。
女の服を着て、化粧をして、街に立つ。
男の身体のままじゃ駄目だった。
売春を繰り返しながら、女らしい身体を作るために金を稼いだ。
胸を大きくするために、食事も変えたし、サプリも飲んだ。
夜になるとホテルの鏡の前で服を脱ぎ、自分の姿を見つめる。
手術を受けるたびに、鏡に映る俺は少しずつ「本当の俺」に近づいていった。
興奮で震えながら、肌に触れる。
女でも男でもない、何か別の生き物。
俺はこの身体の下に埋まっている。
だから、掘り起こさなきゃならない。
もっと、もっと、もっと。
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