ギネスブック

大河かつみ

   

 あの夢を見たのは、これで九回目だった。芥川龍之介がツイストを踊りながら雨の御堂筋を歩いていると、両脇から公認会計士がやってきて羽交い絞めにし、確定申告に虚偽の記載があると言って、そのまま晴海埠頭に連れていかれ行先の分からない貨物船に乗せられて出航してしまうというものだった。

 夢自体は他愛のないありがちのものだったが九回と言うのが我ながら凄いと思った。そのことを家族に話すと

「九回なんてギネス記録ものね。」と家内が言ったのでハッとした。ギネス!こんな地味な人生を歩む俺でも世界一になって歴史に名を刻む事ができるのだ。そう思うと、俺は嬉しくなって早速、日本のギネスワールドレコーズに赴き、申請の手続きを行おうとしたが窓口の男にいきなりハリセンで頭を叩かれ追い返された。誰がそれを証明できるのかと言うのだ。本人が言うのだから間違いないのだが、そういう道理の通じない融通の利かなさだった。仕方なく帰宅する途中、ふと妙案が浮かび図書館に向かった。調べるとギネスブックはあのギネスビールが1955年に発刊したものらしい。場所はイギリスのロンドン。支社よりも本社の方がずっと融通が利くのではないか?わざわざ日本から来たとなればもっと聞く耳を持つだろう。腹は決まった。俺は成田空港へと向かった。


 数時間後、俺はロンドンにいた。早速、ギネスワールドレコーズの窓口に向かうとまずは控室に通された。そこには既に十人ほどの申請者がいた。俺はつたない英語で話しかけると世界中から来た人たちだと分かった。聞くとフロリダから来たというアメリカ人は

「俺ぐらいワッフルに魚の小骨を刺した男はいないと思わないか?」と言って小骨だらけのそれを見せてくれた。コペンハーゲンからきたという一人の妙齢の女性は

「アタシは何も見ないで東シナ海にいる深海魚の数を数えられるの。」と自慢した。誰もが自信満々に答え皆で拍手して讃えた。(素晴らしい!人間とはなんて無限な可能性を秘めているんだろう!人間万歳だ。)俺は目頭が熱くなった。俺も彼らに同じ夢を九回も見ている事を話すと、皆。(OH。……)と言って目を伏せた。不思議に思っていると一人の老人が語りかけた。

「すまない。俺は既に三十二回も同じ夢を見ているんだ。さっきそれを皆に話したばかりでね。」

「三十二回!」俺は呆気にとれると共に世界の広さを感じずにはいられなかった。

 窓口から呼ばれ、皆、ぞろぞろと控室を出て行ったが俺は最早行く意味が無くなり出口に向かった。窓口の奥から何故か次に次にハリセンで叩く音が響いた。こうして俺の世界への挑戦は終わった。


 帰りのフライト。俺はすがすがしい気分でいた。やるだけのことはやったのだ。食事の準備の際、キャビンアテンデントの女性が

「ビーフ オア チキン?」と聞いてきたので迷わず

「ホエール(クジラ)」

と答えると思い切りハリセンで頭を叩かれた。

                                  (了)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギネスブック 大河かつみ @ohk0165

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ