最初の一歩を踏み出せたのは……

 絶句する志乃に構わず、ジョリ社長は話を続ける。


「ただ、嘘くさくなっても嫌じゃない? だから男に興味がないとか、男が苦手っていうキャラ設定もありにするわ。本人に合う設定にすれば、それだけ自然に見えて信憑性は増すだろうしね。で、それぞれの設定したキャラを今後の自己紹介の時に公言してもらうわ。あなた方を百合アイドルとして認識してもらうためにね」


「あ、あの、どうしてそこまで百合アイドルにこだわるんですか……? しかも設定まであるなんて……」


「確かにぃ。姫奈も気になってたぁ」


「そんなの簡単よ。ここまで徹底すれば百合アイドルであるあなたたちに男は恋愛感情を持つことはないでしょ? たとえガチ恋勢の女の子ファンがいても、あなた方はそっちにいかない。つまり百合アイドルになれば、もう二度と熱愛スキャンダルが起きないってわけ! もう二度とねえ!」


「なるほどぉ」


「はあ……まあ、わからなくもないですけど……あんなことがあれば……それにしても百合アイドルって……はあ……」


「そういえば、さっきジョリたん、百合を見せるって言ってたけど、どんな感じに見せていくのぉ?」


「そうね、今のとこ、メンバー同士のカップリングがあるっていうことと、百合に関する歌を百合好きのファンに届けるってとこかしらね。すでに百合を感じられるような歌を依頼して作ってもらってるから、それが完成したらダンスの振り付けでも、メンバー同士の百合を見せていきたいわね」


「なるほどぉ、そんな感じなんだぁ」


「えっ、いまメンバー同士のカップリングって……」


「まあ、グループの中で何組のカップリングが出来るかまだわからないのよね。新メンバー次第ってとこかしら」


「そ、そうなんですね」


 ジョリ社長の言葉を聞いて、志乃はほっと胸をなで下ろす。


「というわけだから、来週、あなた方にも新メンバーオーディションに同席してもらうわね」


「えっ!? 私たちも!?」


「そうよ、アタシだけじゃ決めかねないこともあるかもしれないし。それじゃ、来週よろしくね。はいっ、以上!」


「っ……」


 志乃が呆気に取られている中、ジョリ社長は緊急会議をあっさりと締めくくった。



 子供の頃、みゆはアイドルの歌って踊る姿をテレビで観て、一瞬で虜になった。そして憧れた。


 自分もあんな風になってみたい。

 アイドルになってみたい。


 だけど、きっとみゆには向いていない、そもそも出来る気がしないと諦めていた。


 好きなアイドルの歌を好きに歌っていればいい。観ているだけでいい。ただそれだけでいい。そう思うようにした。


 そして数年後、みゆは高校に入学し、なぎさと出会ったのだった――。


『えっ! 桜羽さくらばさんも!?』


『う、うん』


『そうだったんだぁ~! 私もアイドルが好きだから嬉しいよぉ~! 私たちさ、仲良くなれそうかも。いや! 仲良くなろう!? てか、なりたい!』


『まあ、別にいいけど?』


『やった! じゃあさ、今日から下の名前で呼び合わないっ? せっかく、こうして友達になれたんだもんっ』


『わ、わかった。じゃあ、なぎさってことで』


『うん! じゃあ、これから私もみゆって呼ぶね! それでさ、みゆっ、放課後カラオケ行かないっ?』


『カラオケ!?』


 同じクラスだったなぎさから話しかけられたことがきっかけで、お互いにアイドルが好きなことを知った。


 その流れから唐突になぎさからカラオケに誘われたのだった。


 そうして、二人だけで初めて行ったカラオケで好きなアイドルの歌を好きなように好きなだけ歌った。


 アイドルに憧れ、今もずっとアイドルが好き――。


 そんな同じ気持ちを抱いていたなぎさと友達になれたことが、みゆは本当に嬉しかった。


 元気で明るくて積極的。

 自分とは正反対に思えるようななぎさとのカラオケは本当に楽しかった。


 やっぱりアイドルっていいな……

 歌うのって楽しいな。


 ふと、そんな風に思っていた、その日の帰り道のことだった。


『いやー、びっくりだよ。みゆがあんなに歌が上手いなんてさ!』


『ま、まあ、子供の頃からアイドルになったつもりでよく歌ってたし? 歌い慣れてるだけだと思うけど?』


『……ねえ、みゆ』


『んん?』


『私とアイドルやらない?』


『……えっ――?』


 夕焼けに染まった街の中で、なぎさはまたしても唐突に、だけど真剣な顔でそう言った。


 運命的な出会いに導かれるように、みゆとなぎさは夢だったアイドルに挑戦することを決め、その第一歩として、地下アイドル練習生の説明会に参加することとなった。


 そして――。


『みゆ?』


 説明会会場の近くで、急に足が止まったみゆに気づき、なぎさは、キョトンとした顔で振り向いている。


『こ、この会場に入ったらさ、練習生にエントリーするわけだよね……』


『うん』


『そのあとは地下アイドルになるってことだよね……』


『……怖い?』


『……』


 目線が下がったまま、みゆは口をつぐむ。


『みゆ、今は一人じゃないよ』


『えっ』


『一人じゃない。私もいる。それにさ』


 みゆの後ろへ回ったなぎさは、力強く肩を叩き、


『私がいるから大丈夫!』


 と、肩に手を置いたまま、そう言い切った。


『なぎさ――。』


『行こう!』


 その一言で、みゆの中にあった不安は完全に消え去っていた。


 そしてその差し出された手を掴む時にはもう、みゆの中で覚悟が決まっていた。



 新メンバーオーディション当日――。

 事務所の廊下で、ふと、みゆの足が止まった。


「なんで今、思い出しちゃうんだろう……」


――ごめん……


 そして、あの時のなぎさが脳裏に焼きついて離れない。


「何も出来なかった。なんで何も出来なかったんだろう……」


 みゆの目からは、すでに大粒の涙が溢れ出している。


「なんで……なんで何も……いつもなぎさに助けられてたのに……何もわかんないまま、いなくならないでよっ……」


「みゆたん?」


「っ……」


 突然、後ろから姫奈に呼びかけられ、みゆは慌てて涙を拭った。


 するとその時、


「姫奈も寂しいって思ってるよ――。」


 みゆのことを後ろからギュッと抱きしめた姫奈は、優しくそう語りかけた。


「ひ、姫奈っ……? ちょっ、ちょっとあのっ、大丈夫だからっ……!」


「ほんとにぃ?」


「ほっ、ほんと、ほんとっ……全然、平気だしっ……」


「そっかぁ」


 慌てふためくみゆから離れた姫奈が、今度は正面に立ち、みゆの顔をじーっと見る。


「なっ、なにっ……?」


「みゆたんには姫奈がいるよ?」


「はっ……!?」


 全く予想がつかなかった姫奈の一言に驚きつつ、さらにみゆの顔が赤くなる。


 すると、その時だった。


「一応、私もいるんだけど?」

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