熱愛スキャンダルの末路

「改めて聞くけど、記事にあったことは本当なのね?」


「……はい」

 

 男性のように低い声で、女性のように柔らかな口調で尋ねるジョリ社長に、あやねが返事を返す。


「そう……」


 机に両肘をついているジョリ社長が、組んでいる両手におでこをつけ、うなだれた。


「えー? みおながハルト君と付き合ってたのに、なんであやねまで付き合ってることになってるのー?」


「はあ? なんでって言われても、あたしだってハルトと付き合ってたし、こっちが意味わかんないからっ」


「二人とも違うよ? だって、ゆののハルト君だもん!」


「「はあ!?」」


「みおなの彼氏なの!」


「だから、あたしのだって!」


「ゆのだもーん!」


「……」


 ジョリ社長の前で、あやね、みおな、ゆのが言い合っている中、なぎさはずっとうつむいている。


 そして隣に立つかのんは、


「はーあ。かのんはバレないと思ってたのになぁ」


 と、残念そうにつぶやいた。


「ファンに手を出すから関係ないかのんまで週刊誌の人にマークされてたってことじゃん。ほんと迷惑なんだけどぉ~」


「「「はあ!?」」」


「なに自分のこと棚に上げてんの!?」


「そうだよ! 記者にバレたのだって自分のせいじゃん!」


「相手がマネージャーだから気を抜いてたってことだもんね~」


 あやね、みおな、ゆのが言い返すと、かのんも負けじと、


「そっちだって、外で堂々とデートしてるからバレたんじゃん! 相手がファンなら、普通もっと気をつけると思うけどなぁ~?」


 と挑発的に返す。


「だから自分のことを棚に上げ――」


 あやねがかのんに言い返そうとした瞬間、「ドン!」という大きくて鈍い音が社長室に鳴り響いた。


 言い争っていたメンバーらは、握りこぶしで机を叩きつけたジョリ社長の方を驚いて見る。


「……いい加減にしてちょうだい。マネージャーと付き合ってなければ、今あなたはここに呼ばれてないの。アイドルとして相応しくない行動をしてなければ、あなたたちも今ここにはいないの。熱愛スキャンダル記事が出るような行動さえしてなければ、メジャーデビューが白紙になることはなかったのよ? それだけのことをしたの、ここにいるあなたたち全員がね」


「「「……」」」


 反論する余地もなかったのか、メンバーたちは、ばつが悪そうな表情を浮かべる。


「そして重大な契約違反を犯した。責任がないとは言えないわよね。だから今日をもってあなた方を解雇するわ」


「「「っ……」」」


「事務所の寮に入ってる子は今すぐ荷物をまとめて出て行ってちょうだい。以上よ、もう何も言うことはないわ。言いたくもない。さよなら」


「……お世話になりました」


 重たい空気が流れる中、あやねがそう告げると、社長室から出て行った。


 それからみおな、ゆの、かのんも「お世話になりました」と後に続く。


「……」


 静まり返る社長室で、なぎさは微動だにせず、ずっとうつむいたままでいる。


「お願いよ。早く出て行ってちょうだい」


「っ……」


 再び机に両肘をつけて、うなだれているジョリ社長の言葉に、なぎさがピクリと動く。


「……ご迷惑を……お掛けしました……」


 弱り果てたようなその小さな声に、ジョリ社長は何も返すことはなく、なぎさが社長室から出るまでの間、ずっと顔を伏せたままでいた。



「ねえ、志乃たん」


「なに」


「どうして姫奈たちは会議室で待機なの?」


「あとで緊急会議を開くって言ってたからよ」


「ジョリたんが?」


「そう」


「ふーん」


 机が囲まれた事務所の会議室では、窓側に近い席で腕を組んで座る志乃と、その斜め前に背もたれをつかずに座る姫奈が話している。


「……」


 姫奈の前に座っているみゆは、二人が話している間、ずっと考え込むように下を向いていた。


 そして突然みゆは立ち上がった。


「ちょっとごめん」


 そう言い残し、会議室から飛び出すように出て行った。


「えっ、ちょっと、みゆ!?」


 志乃が慌てて椅子から立ち上がり、そう呼びかけるも、すでにみゆは廊下を駆けていた。


「はあ、もうっ、私の話を聞いてたのかしら。ジョリ社長から待機するよう言われてるのに」


 ドスンと腰を下ろした志乃は、やや不機嫌そうにぼやく。


「……」


 そんな中、姫奈は開かれたままのドアを見つめていた。



「はあっ、はあっ、はあっ」


 みゆが駆けつけると、ちょうどなぎさが社長室から出てきたため、


「な、なぎさ……?」


 と、下を向いているなぎさに恐る恐る声をかけた。


「あっ、みゆたん、やっぱりここに来てた」


「えっ?」


 みゆが振り向くと、やや息を切らした姫奈が立っていた。

 そしてみゆの隣に並び、なぎさの方に顔を向ける。


「なぎたん、大丈夫?」


「あっ、そうだ。なぎさ、何があったの……?」


 二人が心配そうに声をかけると、なぎさは憔悴しきったような顔を上げ、


「ごめん……」


 そう一言だけ告げると、おぼつかない足取りで立ち去っていった。


「「……」」


 二人はそんな彼女の後ろ姿を見つめることしか出来ずにいた。


 するとその時、


「あっ、やっぱりここにいた」


 と、後ろから声をかけたのは、駆けつけてきた志乃だった。


「……あぁ、志乃たん」


「まったく、姫奈まで飛び出しちゃうんだから。こんなとこに来たって――」


 なぎさの後ろ姿が視界に入り、志乃は一瞬だけ険しい表情になるが、


「ほら、戻るわよ」


 と、いつものリーダーの顔に戻り、二人を促した。


「……うん」


 名残惜しそうにしてから、姫奈は志乃のもとへ向かう。


「……」


「みゆたん?」


 姫奈は立ち尽くしているみゆに呼びかけた。


「会議室に戻ろ、みゆたん」


「うん……そうだね……」


 みゆは遠く離れていくなぎさの姿を見つめながら、ゆっくりと体を後ろに向けた。

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