妹の尻ぬぐいをするために奴隷として公爵家に売り飛ばされた私~待っていたのは悲惨な運命……ではなく、公爵家当主とその愛娘と過ごす幸せな生活でした~
【16話】リファルトのこれまで。そして、これから ※リファルト視点
【16話】リファルトのこれまで。そして、これから ※リファルト視点
デルドロア邸を離れ、遠方の地にやって来てから十日ほど。
宿泊している宿屋で夕食を摂るリファルトは、小さなため息を吐いた。
仕事に不満があるとか、食事がまずいとか、そういうことはまったくない。
「…………つまらん」
一人きりでの静かな食事というのが、どうしてもつまらなく感じてしまっていた。
フィオとエレイン――二人と同じ食卓について食べる、音に溢れた賑やかしい食事が恋しくてしょうがない。
それに慣れすぎたせいか、音のない食事というのが物足りなくなってしまったのだ。
寂しさを埋めるために、二人の笑顔を浮かべる。
虚しくなる行為だが、少しは気が紛れるような気がした。
(フィオは良い笑顔をするようになったな)
近頃のフィオは、以前よりもずっと楽しそうにしている。
そうなったのは、エレインと出会ったあとからだ。
彼女との出会いが、フィオにとって良い影響を及ぼしたのかもしれない。
「見ているかギグリオ。お前の娘は元気に育っているぞ」
窓から空を眺めるリファルトは、今は亡き親友を思い浮かべる。
ギグリオと初めて出会ったのは、リファルトが十三歳のとき――魔法学園に通っていた頃だ。
それまで他人と馴れあってこなかったリファルトだったが、不思議と彼とは馬が合った。
一緒に食事をしたり遊んでいるうちに、いつしか親友と呼べる関係になっていた。
魔法学園を卒業後、すぐにギグリオは結婚した。
それから数年後に、フィオが産まれた。
しかし出産して間もなく、ギグリオの妻は病死してしまう。
そしてギグリオ自身もまた、後を追うようにして病にかかってしまった。
「リファルト……お前に頼みがある。俺の人生、最後の頼みだ」
「最後なんて言うな! まだ分からないだろ!」
ベッドの上に横たわるギグリオに、必死になって呼びかける。
衰弱してやせ細っているギグリオは、力なくぐったりとしている。
かつての元気な姿とは、あまりにもかけ離れていた。
見ているだけで苦しくて、胸が締め付けられる。
「自分の体だからかな……分かっちまうんだよ。もう長くないってな」
ギグリオが力なく笑う。
「でも、後悔はないんだ。好きな女と結婚できて、可愛い娘まで産まれてたからな。おっと、忘れてた。お前に会えたことも、一応そうだな」
「俺をおまけ扱いするとは、失礼なやつだな」
リファルトの口元に微笑みが浮かぶ。
こういう何でもない会話もこれが最後かもしれない――そう思うと辛くてしょうがない。
それでも、リファルトは顔に出さなかった。
ギグリオはもっと辛いはずだ。
だから、弱音は吐かない。
無理してでも笑うのだ。
「そんで頼みってのは、フィオのことだ。あいつはこれから、両親を知らないまま生きていかなきゃならない。それはあんまりだろ? 俺の唯一の心残りなんだ。……だからさ、リファルト。お前には、フィオの父親になってほしいんだよ」
「――!? ふざけるなよ……! その願いは、他人に託していいものでは断じてない! ここを生き抜いて、お前が自らの手で果たすべきことだろうが!!」
「頼むよリファルト。お前になら、安心して預けることができる。勝手だけどさ、お前しか頼めるやつがいないんだ」
ギグリオの声色には、本気の想いがこれでもかというくらいに詰まっていた。
愛娘のことを想う、ひたむきでまっすぐな父親の気持ちだ。
「………………。その願い、確かに聞き届けた……!」
本心では、ギグリオの願いを受けたくはなかった。
彼との別れを認めてしまうような、そんな気がしたからだ。
それでもリファルトは、願いを聞くことにした。
真剣な父の想いを真正面から受けてしまえば、もう断ることなんてできなかった。
奥歯を強く噛みしめたリファルトは、大きく頷く。
瞳から流れた一筋の涙が、頬を伝い落ちた。
「ありがとうなリファルト。これで安心してあいつところ逝ける」
フッと笑ったギグリオは、ゆっくり瞳を閉じる。
つきものが落ちたような、安堵した表情をしていた。
ギグリオとの約束通り、リファルトはフィオを引き取った。
こうしてリファルトは、未婚ながらも父親となったのだ。
フィオは思いやりに溢れる、とても賢い子だった。
そんな彼女の成長を見守るのが、リファルトにとっての楽しみだった。
そんな日々が続いた、あるとき。
フィオには母親が必要なのではないか、と、リファルトは考えた。
しかしそれには、大きな問題があった。
生まれてこの方、リファルトは女性との関係を故意に避けてきた。
それ故に、結婚しようしようにも相手がいなかったのだ。
恵まれた地位と容姿ゆえに、女性から好意的な態度を示されたことは多々ある。
しかし、全て適当にあしらってきた。
理由は単純。興味がなかったからだ。
だが、フィオのためとあらばそんなことは言ってられない。
リファルトはさっそく、知り合いにそのことを相談した。
そこで紹介された相手というのが、レルフィール伯爵家の令嬢――ノルンだった。
一度顔合わせした際、特にひっかかる所もなかったので、リファルトはそのまま婚姻を決めた。
しかしその選択は、大きな過ちだった。
あろうことかノルンは、大切な愛娘であるフィオの頬に容赦ない平手打ちを叩きつけたのだ。
理由を問い詰めてみれば、『フィオが生意気な態度をとってきたから』、と半笑いでふざけたことを抜かしてきた。
フィオは誰にでも優しく、礼儀正しい子だ。
間違っても、他人に対して生意気な態度を取ることなどはない。
ノルンが嘘をついているのは、火を見るよりも明らかだった。
「貴様との関係はここで終わりだ! すぐに荷物をまとめて出て行け!!」
憤慨したリファルトはその場でノルンとの関係を終わらせ、デルドロア家から追い出した。
ノルンとの結婚は、完全にリファルトのミスだった。
フィオのためにと焦るあまり、相手の本性を見極められかったのだ。
それからしばらくしてやって来たのが、ノルンの姉――エレインだった。
エレインに対し、リファルトは強い敵意を向けていた。
ノルンと同じ、レルフィール家の血が流れているのだから、ロクでもない人間だと決めつけていたのだ。
それに、両親に奴隷として売られた、という点も怪しかった。
娘をそんな風に扱う親がいるとは、到底信じられなかった。
前回失敗したことで非常に慎重になっていたリファルトは、何か裏があるはずだ、とエレインを疑っていた。
しかし、その思惑は見事に外れることとなる。
他人を思いやることができ、優しさに溢れている――エレインは、裏表などない素晴らしい女性だった。
それに一番大事な点は、フィオを大切に想ってくれているところだ。
彼女はまさに、リファルトが求めていた女性だった。
これからも、ずっと一緒に暮らしていけたらと思う。
「……帰り際、何か買っていこうか」
エレインのことを思い浮かべたら、どうしてかそんな考えが頭によぎってしまった。
不思議な感覚ではあったが、不快感はない。
むしろ、その逆だった。
ポカポカとした、温かな感情が広まっていく。
「まさかこの俺が、そんなことを考える日が来るとはな」
自虐的な笑みをこぼす。
女性に対し、物を贈りたい、と思うなんて初めてのことだ。
天国にいるギグリオがこのことを聞いたら、大笑いすること間違いなしだろう。
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