第十話:一月の冷気――静寂の中の対話
一月のプロヴァンスは、一年で最も冷え込む時期だ。時折雪が降り、大地は白い衣をまとう。マヌーの庭園も例外ではなく、ほとんどの植物が冬の眠りについていた。
ベッドに横たわったマヌーは、窓の外の雪景色を眺めていた。数日前から体調が悪化し、ほとんど起き上がることができなくなっていた。村の医者ロベールは毎日のように彼女を診察し、必要な薬を処方していたが、その目には諦めの色が浮かんでいた。
「アンリ、見えるかしら? 庭に雪が積もっているわ。まるで白い花が咲いたようね」
彼女の弱々しい声は、静かな部屋に響いた。窓の外では、アンリの墓石も雪に覆われ、かろうじてその輪郭だけが見えていた。
この日、マヌーは特別な夢を見た。夢の中で、彼女は庭を歩いていた。不思議なことに、雪に覆われているはずの庭園が、満開の花々で彩られていたのだ。ラベンダー、バラ、ヒマワリ、キク、カレンデュラ……あらゆる季節の花が一斉に咲き誇り、その間をマヌーは歩いていた。
突然、ラベンダーが話しかけてきた。
「マヌーおばあちゃん、ありがとう」
驚いた彼女が振り返ると、そこには紫色の花穂を揺らすラベンダーたちがいた。
「私たちは、あなたの愛情のおかげで、こんなに美しく咲くことができたんだよ」
次にバラたちが語りかけた。
「あなたの優しい手が、私たちの棘も恐れずに触れてくれたから、私たちは最高の香りを放つことができたの」
ヒマワリが続いた。
「あなたが太陽の方を向けてくれたから、私たちは空に向かって伸びることができたんだ」
次々と庭の植物たちが言葉を発し、マヌーへの感謝と愛情を表現した。彼女は言葉が出ないほど驚き、ただ静かに聞き入った。
最後に、アンリの墓石の周りに植えられたキクが語りかけた。
「私たちは、あなたとアンリさんの愛を見てきたよ。だから、最後まであなたのそばにいるね」
マヌーが目を覚ますと、窓の外は依然として雪景色だったが、彼女の心は暖かさで満たされていた。
「アンリ、不思議な夢を見たの。花たちが話しかけてきたのよ」
彼女は微笑みながら、ベッドの脇に置かれた小さなノートに夢の内容を綴った。筆がうまく動かず、文字は震えていたが、彼女の記憶を留めておきたいという強い思いが感じられた。
昼過ぎ、村の人々がマヌーの看病のために訪れた。医者のロベール、友人のジャンヌ、若い教師リュシー、そして少女アリス。彼らはマヌーの体調を気遣い、彼女の話に耳を傾けた。
「皆さん、私の庭を見てくれてありがとう」
マヌーは弱々しい声で言った。彼女の言葉には、この世への別れの意味が含まれていた。村の人々はそれを察し、静かに彼女の手を取った。
「マヌー、あなたの庭は村の宝物よ。これからも大切に守っていくわ」とジャンヌは約束した。
「私が子どもたちに、植物の素晴らしさを教えます」とリュシーは言った。
「マヌーおばあちゃんの庭で遊ぶのが大好き!」とアリスは無邪気に笑った。
マヌーは彼らの言葉に感謝の微笑みを返した。窓から差し込む冬の陽光が、彼女の白髪と皺が刻まれた顔を優しく照らしていた。
夕方、村の人々が帰った後、マヌーは一人窓辺に座り、沈みゆく太陽を眺めた。低く垂れ込めた雲が、夕日で赤く染まっていた。
「アンリ、もうすぐ会えるのね」
彼女は静かに呟いた。その声には恐怖はなく、穏やかな期待が込められていた。
夜、マヌーはもう一度、庭園の植物たちとの対話の夢を見た。今度は、アンリも一緒だった。彼はマヌーの手を取り、満開の花々の間を歩いた。
「君の手入れのおかげで、この庭は天国のようだ」とアンリは言った。
「私たちの愛の結晶ね」とマヌーは答えた。
目覚めたマヌーは、窓から見える庭園に語りかけた。
「皆さん、ありがとう。あなたたちと過ごした時間は、私の人生で最も幸せな時間だったわ」
彼女の心の中で、植物たちが答えているかのようだった。
「マヌーおばあちゃん、こちらこそありがとう」
「あなたの愛情が、私たちの命だった」
「私たちはいつまでも、あなたの愛を覚えているよ」
一月の冷たい夜風が、窓ガラスを軽く揺らした。マヌーは再び目を閉じ、穏やかな眠りについた。彼女の夢の中では、四季折々の花々が咲き誇り、アンリの姿が彼女を待っていた。
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