第四話:七月の灼熱――実りの季節
七月のプロヴァンスは、灼熱の太陽が大地を焼き付ける季節だ。マヌーの庭園では、ラベンダーが見頃を迎え、鮮やかな紫色の絨毯のように広がっていた。
この日の朝、マヌーはいつもより早く目を覚ました。今日はラベンダーの収穫日だ。まだ太陽が昇りきらない涼しい時間に作業を始めるために、彼女は急いで準備を整えた。
「おはよう、アンリ。今日は大切な日よ」
アンリの墓石の前に立ち、彼女は小さく手を合わせた。墓石を取り囲むラベンダーは、特に見事に咲き誇っていた。
「あなたのそばのラベンダーは、いつも一番美しいわ」
マヌーは広げておいた白い布の上に、鋭い鎌を置いた。この鎌は、アンリが生前愛用していたもので、今は彼女の大切な道具となっている。彼女は鎌を手に取り、最初のラベンダーの茎に当てた。
「いつもありがとう、たくさんの香りをくれて」
彼女は一茎ずつ丁寧に刈り取っていく。ラベンダーは、花穂が完全に開ききる前、朝露が乾いたばかりの時間に刈り取るのが最も香りが良いとされている。マヌーの手つきは年齢を感じさせないほど正確で、長年の経験から最も適切な長さで茎を切り、束ねていった。
収穫したラベンダーは、小さな束に分けて麻紐で縛り、納屋の梁に吊るして乾燥させる。今年は例年より花つきが良く、納屋の中は見る間に紫色の束で埋まっていった。
「アンリ、今年のラベンダーは特別よ。これでまた素敵なラベンダーオイルが作れるわ」
昼過ぎ、マヌーは庭に戻り、南側の菜園で野菜の収穫を始めた。完熟したトマトは深い赤色に染まり、その重みで枝が垂れ下がっていた。彼女はそれらを丁寧にカゴに集め、隣のナスやズッキーニも収穫した。
「今年は豊作ね。村の人たちにもおすそ分けしましょう」
七月の太陽は容赦なく照りつけ、マヌーの額には汗が滲んでいた。彼女は樹齢百年を超えるオリーブの木の下に腰を下ろし、休息を取ることにした。その時、ふと胸に痛みを感じた。最近、こうした痛みが時々起こるようになっていた。
「大丈夫よ…少し休めば…」
彼女はゆっくりと深呼吸をし、庭園の風景に目を向けた。西側の花壇では、マーガレットが白い花を咲かせ、その隣にはエキナセアの赤紫色の花が太陽に向かって伸びていた。北側のハーブ畑では、タイムやローズマリー、セージが青々と茂っていた。
彼女の視線の中心には、いつもアンリの墓石があった。
「アンリ、少し疲れてしまったわ。でも、この庭にいると力が湧いてくるの」
休息の後、マヌーは再び作業に戻った。この日の夕方までに、ラベンダーの収穫を終えることができた。満足感と疲労感が入り混じり、彼女の身体は重く感じられたが、心は満たされていた。
夜、彼女は庭で採れた野菜でラタトゥイユを作り、村からやってきた若い家族と分け合った。彼らはマヌーの庭園と料理を称え、特に七歳の少女アリスは、ラベンダーの香りに魅了されていた。
「マヌーおばあちゃん、このお庭、魔法みたい!」とアリスは目を輝かせて言った。
「魔法じゃないのよ、アリス。ただの愛と時間の積み重ねなの」
マヌーはアリスの頭を優しく撫でながら、思った。「そう、これはアンリと私の愛の結晶なのよ」
家族が帰った後、マヌーは窓辺に座り、庭園を眺めていた。月明かりに照らされたラベンダー畑は、昼間とはまた違った神秘的な美しさを放っていた。
彼女には見えなかったが、収穫されずに残ったラベンダーたちは、風に乗せて感謝の言葉を囁いていた。
「マヌーおばあちゃん、私たちをこんなに大切にしてくれてありがとう」
「あなたの手が触れると、私たちはもっと美しく咲くことができるの」
「あなたが弱っているのを感じるよ。私たちの香りで元気になって」
トマトやナスたちも、収穫されることに感謝していた。
「私たちは彼女の食卓を彩るために生まれてきたんだ」
「マヌーおばあちゃんに食べてもらえるなんて、幸せだよ」
マヌーは知らなかったが、彼女が育てる全ての植物たちは、ただ彼女のために精一杯成長し、花を咲かせ、実を結んでいたのだ。それは自然の循環であり、命の交流だった。
夜が更けていく中、彼女はベッドに横たわり、次の日の計画を考えていた。「明日は村の市場で野菜を分けよう。それから、ラベンダーオイルの抽出を始めよう…」
そうして、七月の灼熱の日々は続いていった。
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