どうか、この悪夢から醒めますように
杉野みくや
どうか、この悪夢から醒めますように
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
最初は決まって、恋人の方から声をかけてきて、そこから最近評判のお店でお腹を満たし、気になっていた映画を一緒に鑑賞するのだ。映画が終わると彼女はいつもその両目を腫らしていて、そのことを指摘すると「泣いてないもん」と頬を膨らませながら強がってみせる。俺が笑いながら「悪かった」と伝えると、彼女は少しだけ拗ねた態度をとってから、黙って手を握ってくる。恋人の手から伝わってくる温度をたしかめながら、「悪かったって」と再び謝ると、「そこまで言うなら、許してあげよう」といたずらっぽく笑ってみせるのだ。
その後、アパレルショップでお揃いの服を買って、帰りに夕焼けが綺麗に見える展望台に上り、日が沈むまで眺める。肩を寄せあっていると彼女の頭がコトンと肩に乗り、お気に入りだというシャンプーの香りがふわりと香ってくる。
ありふれたように見えて、とても幸せな日常の一幕。
何度夢に見ても、そんな日常はもうやってこない。
「はあ」
午前2時。夢から覚めた俺は、ため息をつきながら窓に近寄った。
宇宙に旅立ってからはや2週間。外を覗くと、赤く染まった地球がはるか遠くで静かに浮かんでいる。
あの日、地球に隕石が衝突した影響で大規模な地殻変動が発生し、地球上の大地はマグマの海に包まれていった。見慣れた景色が崩壊していく光景はまさに地獄そのものだった。
当時、海外出張に行っていた恋人が生きていることを信じ、俺はこの脱出ポッドに乗り込んだ。しかし、複数ある脱出ポッドの名簿をいくら探しても、彼女の名前は見つからなかった。ならばとほかのポッドにひとつひとつ連絡を取り、彼女がいるか尋ねてみたが、結果は散々だった。
「……」
船内には人の気配が全くなく、しんと静まり返っている。なぜなら、ほとんどの人は次の星での生活に希望を抱きながらコールドスリープに入っているからだ。
だが、俺はどうも乗り気になれない。彼女がいないと知った今、生きる意味なんて皆無だ。
「ふう……」
どれだけ絶望していても、眠気というのは毎日やってくる。寝床に身を預け、一縷の望みにしがみつきながら目を閉じる。
どうか、この悪夢から醒めますように。
どうか、この悪夢から醒めますように 杉野みくや @yakumi_maru
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