推しは転校生
とっく
第1話 推しがいるということ
———ピピピッ、ピピピッ
———ティロティロティロリ〜ン♪
ベッド脇に置いてある目覚まし時計と、スマホの3回目のスヌーズが部屋に鳴り響いている。
ベッドに横になりながら手を伸ばし、2つを止めると仰向けになった。
いつもなら4回目のスヌーズを聞くまで目を瞑るが、今日は覚醒が早い。
1ヶ月前から今日のこの日を、指折り数えていたんだ。
ベッドから起き上がって足を下ろし、壁に飾っているB2サイズの大きなポスターフレームを見上げた。
フレームの中から、私が宇宙で1番愛している推しの『ユウキくん』が、キラキラの笑顔でこちらを見ている。
ポスターいっぱいに、ユウキくんの肩から頭までがデカデカと写っている。
「おはよ♡私はあなた達を1番高い所に連れて行ってあげるからね!」
朝起きてすぐ、ユウキくんのポスターに声を掛けるのが私の日課。
「今日もかっこいいね!♡」
褒める事も忘れない。
このユウキくんとは、デビュー前から応援している、HIPHOPアイドルグループ『RAPLINE(ラップライン)』のメンバーで、私と同じ高校2年生。
私は、『RAPLINE』略してラプラのデビューに、大きく貢献している。
ホントだよ!?
だって、だって!このポスターはその証として、ユウキくん本人から手渡しで貰ったんだもん。
だからこそ、音楽チャートで1位を獲る事や、武道館やはたまた東京ドームでも!ライブが出来るように、毎朝ポスターに向かって誓いを立てる。
私には、彼らを高みに連れて行く力が備わっている。
そう信じて止まない、限界オタクだ。
オタク界隈には
“推しは推せる時に推せ”
という、ことわざの様になっている言葉があるが、私には当てはまらない。
私に当てはまるのは、
“推しはどうしたって推さずにはいられない”
だ。
布教活動として、ユウキくんの紹介をするね。
ってか喋らせて!
•
•
私の人生初の推しが出来たのは、忘れもしない約1年前の6月13日。
たまたま見た、ユウキくん1人でのネット配信で、一目惚れをした。
スタジオの様な部屋の中で、高そうな大きな黒いゲーミングチェアに座り、カメラに向かって話しをしていた。
切れ長の鋭い目と、丸く高い鼻に程よい厚みの唇。
どこを取っても私の好きなタイプだった。
そしてすぐに、真っ白な綺麗な肌に気が付いた。
男の子なのに真っ白な肌が不思議で、ずーっと顔や首や手を「にしても、白過ぎん?」と見ていた。
身体はとても細いのに、関節がゴツゴツしていて男らしい。
両耳には2つずつのルーフピアスが揺れていて、ミルクティーみたいな可愛い髪色のマッシュが似合ってた。
しばらく上半身のあらゆる所を観察していると、大人っぽくて仕草もかっこいい事に気が付いた。
右手の人差し指と中指に、おしゃれなシルバーの指輪を着けていて、時々唇を触りながら目でコメントを読んでいるのがセクシーで、20分の配信の間『カッコいい』と『かわいい』と『なんかエロい』をループしていた。
ラッパーだからなのか、媚を売るような愛嬌もないし、楽しい話をしなきゃと焦る様子もない。
静かな、とても静かな配信だった。
画面の向こうの友人に、今日あった出来事を話すような自然体な姿に、私は夢中になった。
その日私は、彼が何者なのかを狂った様に調べた。
最初に知ったのは『RAPLINE(ラップライン)』という3人組のHIPHOPアイドルグループのメンバーだという事。
アイドルグループだと言っても、デビューは未定だった。
音楽事務所で知り合い意気投合した、ラップが得意な男の子3人でグループを結成。
3人は作詞作曲の才能も持っていて、着々と曲数を増やしていた。
そんな彼らの才能を信じてくれている事務所は、歌って踊れるアイドルグループでならデビューしても良いと許可をくれたらしい。
そのような事をユウキくんとは違うメンバーが、遠回しに言っていた。
彼ら3人は歌手デビューするために、今までやった事の無い歌やダンスの猛特訓をしていた。
3人は自分たちを知って貰うために、多少練習疲れがあったとしても、毎日配信をしようと思っていると言った。
歌って踊れるHIPHOPグループに成長出来たらデビューが出来ると、毎日毎日本当に頑張っていた。
配信もほぼほぼ毎日、交代で続けてくれていて、ユウキくんが欠席していても私は毎回見続けた。
私はそんな頑張る彼らを一緒に応援して欲しくて、そして好きな人の事を知って貰いたくて、幼稚園からずっと親友で同じ高校に通う
中2の時に『一生の親友』と、誓いを立てたのは伊達では無かった。
美那は直ぐに配信を見てくれて、ユウキくんとは別のメンバーのジュンペイくんにまんまとハマってくれた。
それ以来、ずっと2人で推し活をしている。
ここで、私達の大好きなRAPLINEの紹介をしておくね。
◯ユウキ
本名•菅本悠葵(すがもとゆうき)
RAPLINEのリーダー。
メンバーカラー、青。
千葉県出身、高校2年生。
身長174cm、体重57kg
静かな性格で、はしゃいだりすることは滅多にない。
時々大きく笑う顔が、たまらなく可愛い。
高速ラップが武器。
サブラップ、サブボーカル。
◯ジュンペイ
本名・南野准平(なんのじゅんぺい)
メンバーカラー、黒。
東京都出身、高校1年生。
身長181cm、体重64kg
頭が良く英語も話せる。
行動が不思議で、直ぐに物を壊したりする。
あまり、歌は歌わない。
メインラップ。
◯ノゾム
本名・地寄希望 (ちよせのぞむ)
メンバーカラー、赤
東京都出身、高校1年生。
身長177cm、体重61kg
明るくいつもニコニコしているムードメーカー。
歌が上手く、メロディに乗せた様な変化球ラップを使いこなす。
メインボーカル、サブラップ。
・
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いざ、デビューしてみると、ラップだけでは無く歌もダンスも凄く上手くて、私たちは更なる沼にハマって行った。
雑誌やテレビで沢山見られる様になりたいから、私たちは同担拒否なんてバカなことは言わない。
デビュー前からファンだけど、古参アピールもしない。
彼らが笑っていられる環境を作るのが、私たちの使命だと思っている。
ユウキくんは私と同い年なのに、ましてや他の2人は私よりも年下なのに、才能があって努力も惜しまない。
そんな3人の姿に、生きる希望を貰っている。
彼らが3人で居るだけで、姿を見せてくれるだけで、私はたまらなく幸せな気持ちになれる。
ユウキくんを好きになれる自分で、本当に良かったと自分で自分に感謝している。
ユウキくんの存在が、3人の関係性がただただ尊い。
そして、そんな彼ら3人を愛して止まない私たちも、もちろん尊い。
あ、そうだ。
ユウキくんの話しばっかりで、私の事を話していないね。
私の名前は、
数多くの芸能人や芸能界を目指している人達が通う事で有名な、芸能高校に通っている。
俳優になる事を夢見る年子の兄が、その高校に通っているから同じ高校にしただけで、私は特に芸能界を目指しているわけではない。
ユウキくんを好きになってからは、メイクさんとかスタイリストさんなど、アイドルを支える裏方さんになれたら良いなと、思ったりしている。
週3回、17時から22時まで本屋でバイトをしていて、バイト代はほぼほぼ推し活とメイク用品に消えてしまっている…。
さてと、
今日は待ちに待った、ラプラがデビューして半年の記念シングルCDのフラゲの日。
楽しみすぎて眠れないかと思ったけど、沢山寝たし、すんなり起きれた。
学校が終わったら美那と、レコードショップに取りに行くんだ。
本屋のバイトも、この為に休みを入れておいた。
逸る気持ちで2階の自室から出て、廊下の突き当たりにあるサニタリールームに向かった。
その途中、一階の方から温かく甘い匂いが流れてきている事に気が付いた。
昨日お母さんに、あるお願い事をしたのだけど、それをもう叶えてくれたらしい。
私はさらに嬉しい気持ちで、急いで顔を洗った。
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