第21話 くだらない未来に向かって

 「やはり、涼音には投資の才能があるようだな」

 「こんなに稼いだの??え、これはシミュレーション??」

 「経済学ならここが良いんじゃない?」


 三条家には、夕食は家族で食べるという決まりがありますわ。

 その日は、わたくしの話で盛り上がっていた。


 三条家の人間な何か一つ、類まれなる才能を持って生まれる。

 都市伝説じみた言い伝えではあるけれど、実際にそうなっている。


 誰かが才能を発露させたときは、こうやって話題の中心に上がるものだ。


 「涼音は小さい事から絵を描いていたからなぁ。まさか、全く別の畑の才能を持っているとは思わなかった」

 「投資だなんて良いじゃないですか。これで我が家も安泰ですよ」


 お父様も、お母さまも、わたくしの兄弟達も。

 家族は皆、自分の才能を最大限に生かす職業についている。


 きっと、わたくしにも才能を生かせる道に進んでほしいと思っている事でしょう。

 でも、わたくしはその道を歩まない。


 たとえ才能のない凡人だとしても、目指したい場所があるから。

 あの人が背中を押してくれた、叶えたいくだらない夢があるから。


 「お父様。わたくし、今日進路について学校の先生とお話いたしましたの」

 「ほうほう」

 「わたくしは言いましたわ。美術大学を目指したいと」


 瞬間、沈黙が走った。

 気まずい空気が流れている。

 目の前の席で肉を食べているお父様の顔からは、何とも言えぬ圧が掛けられていた。


 「涼音……三条の家がどのようにして富を築きあげて来たのか、分かっているのかい?」


 「えぇお父様。いち早く自分の才能を知り、それを生かして社会に貢献する。その繰り返しの果てに、三条家は今の富を築いた……そのことは重々承知ですわ」


 「それを知っていてなお、自分の才能を生かす道を選ばず……絵にこだわると言うのか」

 

 でも、わたくしの心は揺るがない。

 あの人が、縁ノ未確えんのみかくさんがくれた言葉が背中を押していますもの。


 それに、お父様を納得させる為の言葉は用意してありますのよ。


 「もちろん、ただ美大に通うつもりはありませんわ」

 「ほう?」

 「学費、生活費、別荘代……美大に通う事で発生するお金は全てわたくしが払います」

 「その金はどこから出すつもりだ?」

 「もちろん、投資で用意いたしますわよ」


 せっかく才能があるのですから有効活用しませんと。

 

 「わたくしは、絵の勉強をしながら自分の才能の鍛錬も行うつもりですわ。もし、学費が払えなくなったり、生活が出来なくなった場合は……画家の夢を捨ててこの家に帰り、お父様の言う通りの道を進みます」


 「大きく出たな涼音」


 「こうでもしないとお父様は納得いたしませんでしょう?」


 「その条件であれば、お前の才能にとっても良い経験になるか……良いだろう。どこの美大にでも行くが良い」



 「涼音お嬢様、本当に美大に行くんですね」


 夕食を終え、自室。

 ベッドで一息ついていると、専属メイドが部屋に入ってきた。


 「えぇ。お父様も納得出来た。純便は万端ですわね」

 「……涼音お嬢様。在学中に例の配信者、縁ノ未確えんのみかくと同棲する事は旦那様にお伝えしてないですよね」

 「当り前ですわ。そんな事ばれたら、お父様が納得してくださるわけ無いでしょう?」


 ぐっと伸びをする。

 そう、わたくしはお父様に多くの隠し事をしている。


 まず投資について。

 家族にはシミュレーションで練習をしていると伝えている。

 でも実際は既にお金を使った投資を始めている。

 資産も学費を余裕で払えるぐらいにはたまっているのだ。


 そして、縁ノ未確えんのみかくさんについて。

 彼との同棲を考えている事。 

 彼の生活費、借金、それらを全てわたくしが肩代わりし、彼を捕まえようとしている事。


 最後に夢について。

 わたくしが美大に行くのは絵の勉強をしながら大きなコンテストに出る為。

 そして、コンテストで賞と取った絵を派手に壊す。

 その動画をSNSに拡散させて、炎上させて、誰もが認知せざるを得ない究極の一枚を作ること。


 こんな事、正直に言ったらお父様に反対どころか1カ月がお説教コースですわね。

 頑張って隠し通さないと。


 「ありがとうね亜美。わたくしの共犯になってくれて」


 専属メイドの名前を呼ぶ。

 彼女は良く働いてくれた。


 「涼音お嬢様が私を脅したんでしょう?!あることない事旦那様に言いつけるぞって」

 「でも、わたくしが協力料を見せた瞬間、笑顔で受け取ったのはあなたよ」

 「それは……そうなんですが」


 冷汗を垂らしながら頭を抱えるメイドを見て、私は未来を夢想した。

 大好きになったあの人と、一緒にくだらない夢を追う日々を。




 ふと、昔の事を思い返していた。

 きっと、懐かしいメイドの顔がそこにあったからだろう。


 「別荘の住所まではバレてません。でも、お嬢様が大炎上した配信者と同棲している事は旦那様にばれました」


 「それで、わたくしの計画に加担したあなたがクビになったと」


 亜美は泣きながらうんうんと頭を下げていた。

 

 「分かったわ。亜美、貴方の生活はわたくしで面倒を見ますわ」

 「ほ、本当ですか?!」

 「ただし、貴方は未確さんと扱いが違いますわよ。わたくしと未確さんのメイドとして雇います。雑用は全てやってもらいますわよ」

 「それぐらいならお安い御用です。この私にばっちり任せてください」


 生活費がぐんと上がりましたが、まだまだ問題は無いですわ。

 才能というのは恐ろしいもので、資金面ではいまだ一切の問題は無いですもの。


 「わたくしは夢に突き進むだけですわ。貴方に背中を押してもらった、くだらない夢に向かって」


 外したイヤホンをもう一度耳に着ける。

 仕掛けた盗聴器が拾う未確さんの寝言。


 それを聞きながら、わたくしはまた未来を夢想したのだった。



─────


1.5章完。

来週から2章宗教画編に入ります


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【日曜更新】クズのアート ~ネットで炎上した俺の唯一のファンは金持ち美人のイカレた画家だった件~ アカアオ @siinsen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ