第二章 葉山文
第14話 あたしが先に……
――あの日からコトは変わっちゃった。
朝と放課後は変わらずあたしと一緒だし、ぱっと見何も変わってないみたいだけど話しててもどっか上の空だし。
今だって……。
「もう! コト、話聞いてる?」
「え? あ、ごめん。ぼーっとしてた」
いつものように並んで登校している間の会話でも、こんな感じでちょこちょこ話を聞いてくれてないことがある。
今までは絶対にそんなことなかったのに……雑に扱われてる、というか……。
あたしを見るときの目もなんだか違うし……。態度もそうだけど、目が特にコトらしくない。前はぶっきらぼうな言い方をしてても優しい目であたしを見てた。優しくてあったかいあの目が好きだったのに……今は少し冷たく感じる。
「体育祭、そろそろでしょ? コトはどれに出るの?」
「運動苦手だし、余ったところに参加するつもり。文は楽しそうだね」
「まぁね! 体動かすの好きだし、やるからには優勝するよ!」
「だったら部活、入ればよかったのに。中学のときはテニスやってたでしょ?」
うーん……楽しいは楽しいんだけど……。
コトが試合を見にきて応援してくれるのが一番嬉しいってことに気付いてやめちゃったな。テニスが特別好きってわけじゃなくて、別になんでもよかったんだと思う。
「一緒にいられる時間が減っちゃうじゃん。あたしはコトと一緒がいいの」
「……っ! ……さら……」
「ん? なんて?」
「……なんでもないよ。文はどの競技にするか決めてるの?」
なんて言ったんだろう……。
話題戻っちゃったし、変に気にしすぎるのもよくないよね。
「あたしは百メートル走と、二百メートル走、あとは借り物競争かな」
「ふふっ……走ってばっかり。一人でそんなに参加できるんだ」
「最低一つは参加ってだけで、他にやりたい人がいないなら良いって言われたよ」
「そうなんだ。気をつけてね」
ん? 気をつけてって何の話だろ?
……あっ、心配してくれてるのかな……嬉しいな。
「あははっ、大丈夫だよ。コトじゃないんだからコケたりしないって」
「……私が言ってるのは胸の話なんだけど」
「え? ……胸?」
「その大きいおっぱいを揺らして走り回ったりなんかしたら大変なことになるよ。目をギラつかせた男達から連日言い寄られるだろうね」
「コト!?」
何言ってるの!? ていうかちゃんと目を見て話してよ!
「彼氏がいても関係ないよ。舐め回すように見られて毎晩男子共のオカズに――」
「やめてってば!!」
なんでそんなこと言うの。
彼氏って……ちゃんと説明したじゃん。オカズとか気持ち悪いこと言わないでよ。
「……ごめん」
「コト……あたしのこと、嫌いになったの?」
「ちがっ! ただ文が心配で……変なこと言ってごめん……でも……あの……だから……」
「……あははっ、わかってる。バンドかさらしで固定するし、心配しなくていいよ。どこまで効果があるかはわからないけど……スポブラだけじゃ流石に走らないって」
自分の胸が大きいことくらいわかってる。コトが心配してくれてるってことも。
ちょっとギクシャクしちゃったけど……あたし達なら大丈夫。小さい頃からずっと一緒だったんだもん。
「ごめんね、文……」
……だけどさっきの言い方……拗ねてるような、そんな感じだった。
まだあたしのことが好きなのかな……でも川崎さんと付き合ってるんだよね?
「コトは……あたしの、その……胸……触りたかったの?」
「なっ!?」
「嘘、ついちゃだめだよ? 約束だよね?」
小さい頃にコトがあたしとした約束。あたしには絶対に嘘をつかない。
だから、ずっと一緒にいてって……可愛かったなぁ、あのときのコト。
二つ返事でいいよって言ったんだっけ。
「……触りたかった。なんでそんなこと聞くの……こんなこと聞かされても気持ち悪いでしょ……」
「ううん。気持ち悪くなんかないよ。知らない人にエッチな目で見られるのは嫌だけど、コトだもん。前も言ったでしょ? 気持ち悪いなんて思うわけない」
「……そう」
ふふっ……照れてる。
意地悪されたし、ちょっとぐらい仕返ししてもいいよね。
「じゃあさ……今は? 触りたい?」
「揶揄わないで。私は琴音と付き合ってるんだから……そういうのはやめて」
なんでそんなムスッとするのさ。
「いいじゃん別に、聞いてるだけでしょ?」
「やめてって……私は…………あっ! 琴音!」
坂の途中で川崎さんを見つけるとコトは一目散に走っていってしまった。
話の途中だったのに……。
「おはよう言乃葉。葉山さんも、おはよう」
「えへへ……おはよう」
「……おはよう、川崎さん」
コトは川崎さんの隣にぴったりと引っ付いて、幸せそうにニコニコと川崎さんの顔を見上げていた。
あたしにはそんな顔してくれなかった癖に。あたしのことが好きだって言ったのもその程度だったんじゃん。二言目には琴音、琴音がねって……あたしと話してるのに川崎さんのことばっかり。彼女ができて嬉しいんだろうけどさ……。
……あれ? コトのあの目……なんで? ……気のせい、だよね。
「さっきまで文と体育祭の話してたんだけど、琴音はどの競技に出るの?」
「乗り気というわけでもないし、余ったところへ適当に、かな」
「ダメだよ! 川崎さん運動神経良いんだから、ちゃんと参加してもらうからね?」
それに、サボってコトとどっか行っちゃいそうだし……。
「葉山さんは闘志を燃やしてるね……」
「負けるより勝つほうが楽しいでしょ? 川崎さんはB組の主力なんだから!」
「そう言われると……弱ったな……まぁ乗り気ではない、というだけで断固拒否するほど嫌なわけではないし……」
「ホント? やった!」
それはそれとして実力は確かだしね!
百メートル走だったらあたしでも勝てるかどうかわかんないし。
……あたしの目の届く場所にいないと不安だからっていうのもあるけど。
「……ふむ……わたしの勇姿を言乃葉に見せるというのも悪くはないか……」
「コトとあたし達、違うチームってわかってる?」
「わかっているさ。だからこそ気乗りしなかったというか……」
「私、応援するよ? か、彼女……なんだし……えへへ……」
「ふふっ……俄然やる気が湧いてきたよ」
「……あたしは? 応援してくれないの?」
また川崎さんだけなの?
そんなに川崎さんがいいの?
そうやってまた二人で話してさ……。
「え? するけど……文、どうしたの?」
「……ううん。それならいいの」
うん……そうだよね。
コトはあたしを応援するのは当然って思ってたから、わざわざ言わなかっただけなんだ。川崎さんと違って。
「真っ直ぐ縦割りのチーム分けだからコトと一緒じゃないのは残念だけどね」
「一年から三年までをアルファベットで括るって雑……学校側も楽したいのかな」
「A組、B組、C組と分かりやすくていいじゃないか。縦割りにすることで学校行事に慣れていないわたし達も暗中模索せずに済む。上級生が主導してくれるだろうしね」
体育祭の話をしながら歩いていると靴箱まで着いてしまった。
コトはいそいそと一年生の学年色の、つま先が赤い上履きに履き替えていた。
また……あたしは一人にされる。
「それじゃ、文。また後でね。えへへ……」
「ふふっ……そんなに慌てなくてもいいのに……それではまた、葉山さん」
川崎さんは澄ました顔をしていたけど、浮かれてるのが分かる。
「うん……じゃあね」
二人の背中にポツリと呟いた。
ホームルームが始まるまでの間、あの空き教室へ二人だけで消えていく。
あたしには見せたこともないような顔を川崎さんに見せながら。
あのコトに仲の良い人ができたんだ。喜んであげないといけないのにどうして素直に喜べないんだろう。
ズキズキと走る胸の痛みがなんなのかわからないけど、わからないままのほうがいい。そんな気がする。
だって……そんなことあるわけないんだから。
だからこれは一番仲が良いと思ってた友達が、他に仲良しさんがいるってわかって少しさみしいだけ。ただ……それだけなんだから。
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