たとえ正夢だとしても【いつかきっと、あの宇宙から】

水涸 木犀

たとえ正夢だとしても

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 宇宙船らしき無機質な空間のなかに、わたしはいる。細長い通路はわたしの胸から上がガラス張りになっていて、ガラスと丈夫そうな壁の境目に、レールと取っ手がある。

 わたしが取っ手を右手で握ると、 レールを伝って勝手に身体が前へと進む。横を向くと、小さい星の群れが、どこまでも、どこまでも続いている。家の近くからじゃ、絶対に見られないような景色に感動しそうなものだけれど、なぜか夢の中のわたしはとくに何も思うことはなく、取っ手が止まるまで前進する。


 取っ手から手を放して、通路を右に曲がり少し進むと、ドーム状の部屋がある。そこには、銀髪で背の高い男の子が、背中を向けて立っていた。


「ハルカくん」


 わたしが呼びかけると、彼は振り返る。その表情は固く、張り詰めた糸みたいだ。


「チハルさん」


 ハルカくんの横に立ったわたしは、彼と目を合わせずに窓の外を眺める。ドーム状にガラスが貼られたこの部屋は、まるで天然のプラネタリウムだ。でも、このきれいな景色が、今はきれいだとは思えない。


「ごめんなさい。チハルさんを巻き込むつもりではなかったのに……僕は……」

「いいよ。もう起きちゃったことは仕方ないし」

「しかし……ここまで来てしまった以上、貴女は二度と帰ることができません。僕が軽はずみに、僕たちの種族の話をしてしまったばかりに」

「色々と話を聞かせてもらっていたのはわたしのほうでしょ。あんまり謝らないでよ。わたしが悪いことをしたみたいな気分になるから」


 でも、と言いかけてハルカくんは口を閉じた。わたしはいらだちをおさえるために、目の前に広がる星の数を数えようとするけれど、意味のないことだと思ってすぐにやめた。ずっと謝り続けているハルカくんだって同じだ。意味がないのに、ずっと謝っている。そういうやっても無駄なことを、自分がすっきりしないからという理由だけでやり続ける人が、わたしは大嫌いだ。


 ふと、3月3日が終わろうとしているときに、慌ててひな人形を出そうとしていたお母さんのことを思い出す。あれも無駄なことだった。お母さんが自己満足でやっていただけ。なんでわたしの周りには、わたしが嫌いなことをする人ばかりがいるのだろう。


 ハルカくんは、自分を宇宙人だ、ニホンというクニにすむわたしとは全然違う生き物だっていうけれど、わたしが嫌いな部分は変わらない。嫌いな部分が人間と一緒だなんて変な話だ。でも、だからこそ、ハルカくんが何と言おうともわたしは、彼を宇宙人だという理由で避けることはできなかった。その結果、わたしは今ここにいる。



 そこまで考えたところで、いつも目が覚める。9回目ともなると、頭の中でじぶんが考えていることの理由を探ったりできないものかと思うのだけど、そううまくはいかない。今日も、なぜわたしが宇宙船らしき場所にいたのか。なんでハルカくんにずっと謝られているのかはわからないままだった。

 夢なんて、大したものじゃないと思っていたけれど、ここまで何度も同じものをみると、さすがに気になってくる。ネットで調べてみたこともあるけれど、「宇宙船に乗っている夢」「異性と一緒にいる夢」「異性からずっと謝られる夢」は意味が別々にあって、さらに「異性」が「友だち」なのか「家族」なのか「好きな人」なのか「両想いの相手」なのかでもまた変わってくるらしい。


 わたしにとって、ハルカくんは何なのだろう。


 そこでいつも考えが止まって、夢占いのサイトを閉じるはめになる。

 血がつながった家族ではない。間違いなく。友だちと言っていいのかは、わからない。ハルカくんのホントかウソかわからない、彼の種族の話とか、宇宙の話とかを聞くのは好きだ。いろいろと話を聞かせてもらう代わりに、わたしは日本の塾の勉強を教えてあげている。ハルカくんは頭がいいのに、日本の塾の勉強がよくわからないらしい。彼曰く、「ニホンの知識体系と、僕たちの知識体系は全く違うのです。でもチハルさんの話なら、僕はわかります」ということだった。


 だからわたしとハルカくんの関係性を説明するなら、「お互いが知りたいことを教えあう関係」というのがしっくりくる。友だち同士でそういうことをすることもあるだろうけど、その場合「友だち」という関係が先に来る。でもハルカくんとのやりとりは、お互いを友だちだと思う前から始まった。だからよくわからない。


 好きかどうかと聞かれると、もっとよくわからない。ハルカくんの話は面白いから、「面白い話をしてくれるハルカくん」は好きだ。でも、それは塾のクラスメイトであるアユがわくわくした顔で食いついてくるような「好き」とは意味が違う気がする。アユが食いつく「好き」はLoveのほうで、わたしがいう「好き」はLikeか、Interestingのほうだ。あ、Interestingに好きの意味はないか。


 そのへんの違いがうまく説明できる気がしなくて、わたしはこの夢のことを、誰にも相談できずにいた。LikeをLoveだと勘違いしそうなアユにも、ハルカくん本人にも。


「チハルさん、どうかしましたか?」


 顔を上げたハルカくんに、わたしは首を横に振る。


「なんでもない。さっき教えたところ、解けそう?」

「はい。チハルさんの話、わかりやすいです」

「じゃあちゃんと解けてるか確認するね」


 ハルカくんが開いている理科のテキストをめくりながら、わたしはぼんやりと考える。


 もしこのままの関係を続けていったら、わたしはいつか、ハルカくんが住んでいる宇宙に連れ去られてしまうのだろうか。万が一そうだとしても、そうなる理由が全然わからない。

 結局、夢の話はわたしの頭の中をいっぱいにするけれど、だからといって何かが変わっているわけじゃない。わたしは今を生きるしかない。


 わたしはハルカくんの回答とテキストの解説文を見比べつつ、「今」やるべきこと――ハルカくんの勉強を見てあげること――に意識を集中させるのだった。

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たとえ正夢だとしても【いつかきっと、あの宇宙から】 水涸 木犀 @yuno_05

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