ずっと夢見る二人

清水らくは

ずっと夢見る二人

あの夢を見たのは、これで9回目だった。 目が覚めてうなされる、という悲しい現実は、すでにない。

 目の前は暗く、太陽の光もあまり届いていない。空高くに何かが漂っているのだろう。それがなんなのか、確かめる術もない。

 あの日僕は、悪魔に魂を売った。生き延びたいだろう。世界を救いたいだろう。彼女を幸せにしたいだろう。そんな囁きに耳を貸してしまった。

 もしあの時、断ることができたら。地球に現れた宇宙人たちは、僕らを皆殺しにしたかもしれない。全て捕らえて、実験材料にしたかもしれない。ただ、僕が何もしなくても、みんな救われたかもしれない。

 僕のしたことは無駄だった。でも何とかなった。

 そんな未来を、夢に見る。

 いつも通りの日々。僕と彼女は、手をつないで笑っている。夢だから、僕は僕を観ることができる。どこにでもいる、普通の少年だ。少しへらへらしている。彼女は飛び切りかわいくて、凛々しくて、素敵な笑顔だった。

 あったかもしれない未来。

 僕がモンスターにならなくて、誰かが何とかしてくれて、みんなが生き残った世界。

 夢でしか見ることのない、平和で平凡な世界。

 5年に1回ほどだろうか。神様のプレゼントのように、その夢を見る。ほとんどの日々は、悪夢を見る。実際に起こった、あの日の悪夢を。

 宇宙人は死に絶え、人々は動かなくなった。僕は、はっとした。僕はどうなったのか?

 僕の体は、醜く、もはや生き物とは呼べなくなっていた。動くことができない。ただ、生きているのはわかる。

 ただ、生きているだけだ。きっと、他の人々も。魂を持った岩のようになって、悪魔に笑われる存在。

 悪夢のような現実。悪夢のような日々の夢。そんな中で観る、あったかもしれない未来、何の変哲もない日常という夢。

 5年ぶりに、生きていて良かったと、少しだけ思った。



      /////



「ねえ、ちゃんと夢見ることできた?」

 サイボーグは、地面からはえたおどろおどろしい岩のような「何か」に手を添えて尋ねた。答えはなかった。

「また5年ぶりになっちゃったね」

 サイボーグはじっと「何か」を見つめた。あの日人類を救った、彼を。

 突然姿を変え始めた少年が、宇宙人たちを一掃した。しかし彼自身は元に戻ることはなく、動かなくなってしまった。

 調査の結果、「生きている」ということが分かった。脳波などから、ずっと夢を見ているような状態だということだった。しかも、苦しんでいる。研究者は言った。「楽しさを感じている様子はまったくありません」

 世間は最初こそ彼を英雄視したが、次第に邪魔だと思うようになった。じっと動かない、異形の何か。撤去させることも、殺すことも「なんとなく」許されない。

 少女だけが、愛し続けた。

 大がかりな外部刺激によって、しばらくの間幸福を感じることが確認された。研究者はその事実に満足げだった。「人間にも応用できるかもしれませんからね」

 少女はその時すでに大人になっていた。ほっと胸をなでおろした後、研究者に尋ねた。「次はいつ処置してもらえるんですか?」研究者はきょとんとした後、答えた。「次はないよ。実験は終わった。そしてこの実験にはとてもお金がかかるんだ」

 女性は嘆いた。だがすぐに顔を上げると「お金があればいいんですね!」と叫んだ。彼女は働いて、協力を呼び掛けて、まっすぐに前を向いて、お金を集めた。

 5年で、外部刺激を与えられるだけのお金が集まった。たった数時間だが、少年だった何かは幸福を感じているようだった。

「いい夢、見てるかな」

 彼女は彼に手を添えて、笑った。



 30年が経ち、6回目の外部刺激が実行できた後彼女は決断した。「できるだけ長生きして、ずっと彼に幸福を与えてあげたい」自らのサイボーグ化の決意をしたのだ。ただし、 サイボーグ化には条件がある。「一般社会への参加禁止」である。長生きすることによって、独裁などが起こってはいけない。同じ人間が活躍し続ける社会は不健全である。サイボーグは社会に大きな影響を与えてはいけないのである。

 彼女は訴えた。「少年に夢を見せ続けるためだけに、お金は稼がせてください。それ以外には、何もしません」

 2年間の裁判の末、彼女のサイボーグ化は認められた。彼女は、少年だった者に夢を見させるためだけのロボットになった。



 そして、45年が経った。どう頑張っても5年でたたないと必要な金額は集まらなかったが、5年から遅れることもなかった。「決まって何とかする、まさにサイボーグね」彼女は悲しそうに言った。

「大丈夫です。今回も幸福を感じていたようですよ」

 外部刺激を実行した研究者は言った。最初に実験をした研究者の、弟子の弟子である。

「よかった」

「今回も聞きますが……まだ続けますか?」

「ええ。また5年後ぐらいには、お願いすることになると思う。よろしくね」

 彼女は名残惜しそうにしばらく「何か」に手を置いていたが、ぐっと唇を結ぶと手を離して立ち上がった。

「ずっと、あなたに幸せを感じさせられる存在でありたい。それが、私の夢」

 こうして、9回目の夢は終わり、夢は続いた。

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ずっと夢見る二人 清水らくは @shimizurakuha

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